惑わない覚悟を決める時期

大晦日。子どもたちに手伝ってもらい大掃除もあらかた終わった。

冷凍の海老天を油で揚げ、昆布と煮干しを水に浸している間少し時間ができたのでパソコンに向かっている。

書き終えたら出汁をとってつゆの返しを作り、年越しそばを食べながら紅白歌合戦を観ながら年を越すつもりだ。


さて何を書こうか、と考えて何も書くことがないことに気付く。


強いて言えば今年は節目の40歳。論語でいうところの「不惑」の年齢だ。物心がついたのが10歳前後としてそこから30年。惑い続け、というか言い訳一辺倒の人生だった。


人並みに体力も精神力もあるくせに、根性がなく努力もしない。コツコツ積み上げることがないから、何一つ成し遂げたこともない。今から積み上げ始めたとして、実を結ぶのは10年以上先のことだろう。


それでも日々の暮らしでは幸せを感じながら過ごせている。


最低賃金レベルの仕事はそつなくこなせるし、家事もスボラ主婦程度のことはできる。義務教育程度なら子どもに勉強も教えられるし、時代に適応した価値観を更新して成長を怠らない。


ただ最近はひどく疲れを感じることが多い。


踏ん張ろうとするときに以前なら湧き上がってきた力が今はもう無い。これが老いなのだろうか。


あと年々精神的に落ち込むことが増えている。


自分以外の他人に勝手に期待して失望する、という子どもじみた性格が災いしているのだろう。


軸を自分で決めてぶれずに貫き通す覚悟を決める時期がようやくきたのかもしれない。


20代、30代と同じスタイルでは今まで以上に成果は得られそうにない。


40代かつ自分に合ったスタイルで10年後に達成できる目標を掲げて、一歩ずつ進むしかない。


そんなことを思った年の瀬。さあそろそろ出汁をとる時間だ。


それでは皆様よいお年をお迎えください。来年もよろしくお願いします。



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