特にプロでも何でもない、ピコ手同人屋が電子書籍を出版して1年経った

はいどうもー、宣伝に来ましたー。

わたくし、ここ数年は創作ジャンルの同人誌を出してるんですけど、その電子版をきたる3月21日に実施される「創作同人電子書籍」いっせい配信企画に合わせて配信します。

いっせい配信企画さんのTwitterアカウントを覗いてみると、同日に電子書籍ストアで発行される創作同人誌がわーっと出てくるので、良かったらフォローしてね。私個人は運営さんとなんの関わりもない一利用者ですけど、応援しているので盛り上がってほしーい。

電子書籍が普及しつつある昨今、それは「電子書籍ストアのアカウントとリーダーを持ってる人が増えている」であり、同人誌もその「本棚」の存在は今後意識せざるを得ないだろうと、一読者として実感しています。

作り手が望むと望まないとに関わらず、読者の手に渡った本が最後に納まる場所として、「部屋の中の本棚」に加えて「電子空間の中の本棚」の重要性がどんどん増えていっているわけです。家にある本棚に納まる程度に本を買うように、電子空間の本棚に納めることができる本を買うという選択肢が、読者の中に芽生えている。これは読者・消費者の私的空間における選択であって、作者・生産者がどうこうできるものではありません。

そういう潮流を感じる一方で、個人の電子出版というと、メディアでは「商業出版の経験者が新たな販路開拓として」という類がどうしても多く目に付きます。

それはそれで夢があっていいんだけど、末端の同人屋としては現実感が無くてよくわかんないな……じゃあ自ら飛び込んでみるか……と、いま取り組んでいる創作シリーズでは同人誌を発行しつつ電子化も最初から計画して始めました。

今回はそういった運用を初めて1年経ってみての、特にプロ志向でも、これ一本で食っていこうと思ってない、ピコ手=小規模サークルで、趣味の同人屋からみた、今の電子書籍の話です。

この記事は個人サイトに掲載していた記事の増補改訂版です。

同人誌の紙と物理の(ほぼ)同時発売をやってみる?

まず前提として、2018年内に当サークルでは同シリーズの同人誌を3冊発行しており、きたる3月21日にはその3冊目を各電子書籍ストアで配信開始する予定です。また現在、当サークルの電子ストア配本はこのいっせい配信企画時に実施しており、基本的に初出であるイベント参加から数か月遅れて出しています。

全部同時に出せやーと内なる読者の自分はうるさいんですが、イベント当日に日時指定して配信しようとするとね、配信申し込みをイベントの約1週間前にはすましておかないといけないんですね……その時期……ちょうど印刷所の〆切時期なのね……入稿後も怒涛の告知や当日準備などで概ね潰れるため、そこにさらなる作業を差し込むのはつらい……。

自分でも電子書籍を出すようになってしみじみと、まだまだ商業誌においても紙と電子版の発売日がずれる理由がよくわかる……入稿作業を2回(以上)しないといけないので、スケジュールもそれ相当に組み直さないといけない……まあそれでも強い需要があるなら、やっぱりそこは一致させてほしい……! と内なる読者の自分もずっと叫んでるけども。

実は、1巻を発行した時点では、同日ではなかったものの数日のズレで電子ストア配本を始めました。

やってみてわかったんですが、うちくらいの島中ピコ手サークル規模だと、すでに存在を知っている方は通販やイベント頒布でまず行きわたってしまうので、ストア経由の電子書籍を待ってる方はほぼいなかったんだなこれが。

電子と物理の同時期販売が効いてくるのは、もっと広く薄く作家や作品を認識している層が増えてから、もしくは同人誌と電子市場が当たり前の関係になってからじゃないと、同日配信してもあまり効果がないな、というのが感想です。

もちろん外部からの流入に期待するのではなく、各ストア内での露出を増やして元々そのストアを利用している人の中に読者を増やして販売数を稼げば……というのも大事なことですが、それに関しては「今やってる」。初出版でそれを一気につかみに行くには、知名度やらなんやらが圧倒的に足りないってことだよバカいわせんな恥ずかしい////

ここまできて、イベント頒布や印刷媒体ありきの姿勢に疑問を抱く読者の方もいるかと思いますが、現状の創作同人界隈で、特に非エロ分野においては、まだまだ電子書籍の配信よりもイベント参加によるリターン(認知度向上や頒布数など)の方が大きいと感じています。

── ダウンロード販売をためらっている他の作家に一言お願いします。

大塚 一次創作をする人たちに言いたいのは「まずコミティア行け!」です。いきなりダウンロードで買ったりしないです。エロは、その作品が自分の趣味に合うかどうかが最重要ですけど、一次創作は作者の顔が見られるんですよ。どういうつもりで作ったか、とか、同じ趣味持ってるか、とか。あと、やっぱりイベントに行った特別感。ここでしか買えない感。ダウンロードっていつでもどこでも買えちゃうから「いまじゃなくていいや」って思われちゃうんですよ。

同人誌のダウンロード販売って売れるの? ~ マンガ家大塚志郎氏(うみはん)インタビュー

長年の蓄積で形成されている今の同人誌即売会と、発展途上の電子書籍サービスでは、現状そこに参加することで得られるリターン(金銭や認知的なもの含む)や利便性ではまだまだ前者の方が大きいと、私も肌で感じています。翻って、国内の全年齢向け個人電子出版というのは、十分なリターンが得られた先駆者がまだまだ少ない場なので、「誰がどこで実るかどうかはわからないけど投資する」という側面が強い。

一方で、成人向け作品におけるネット市場の関係は、もともとの親和性の高さ(キーワード検索で性癖を検索できる等)を踏まえても、今日の豊かさは長年の活動によって実った稀有な存在です。もし機会をつかめれば、今からでも十分なリターンが生じる実績のある場といえるでしょう。この辺の詳細は端折りますけど、「同人文化という金脈で『スコップを売って』一山当てたいならこれくらい知っとけという話」にも書いているので興味あったら読んでね。

しかしせっかく誕生した新しいツールに乗らないのも面白くなーい!

ここまで読んだ方はお気づきでしょうが、うちは電子出版はもちろんイベント頒布でも売上という点ではさっぱりのサークルです。愛好する方はいてくださいますが、新たに生まれた市場に投下してすぐに期待されるほどの書き手ではありません。

電子から出版することを多数に期待されてない……というとなんだか悲しい話に思えますけど、良い方に考えれば、期待されて無いんだし必ずしも何かのタイミングに合わせて電子版を出す必要も無い、とも考えられるのではないかなあと。

そういうわけで、うちでは2~3巻からはイベント前後のバタバタ期に作業するのを避け、それでいてある程度注目の集まりやすい時期として、いっせい配信企画さんに乗っかっているのが現状です。

いっせい配信企画さんは主要即売会の開催日ではなく、年に数回、主に祝日にあわせて開催されているため、イベント参加のスケジュールに影響することが少ないです。たとえば現行でイベント参加しているような人でも、参加の合間に過去の同人誌を出すための準備期間をつくれて便利って事だね!

大変良い機会をいただいており、本当にありがたいことです。創作同人を出してて電子化にも興味ある人は、どしどし使うといいよ!

どこの電子ストアに卸してみる?

うちの場合、電子ストアはKindleとBOOK☆WALKERの二つのみに卸してます。

Kindleはいたって普通に単体として販売しており、読み放題だなんだはしていません。個人出版の場合でKindleアンリミテッドの対象作にするにはAmazonとの独占契約となり、他電子ストアに卸せなくなるんですね。それはちょっとなあと今は避けてます。

実は初めてKindleに卸したとき、申し込みを間違えていて一瞬だけ読み放題に入ってました。すぐ下ろしてもらったんですが、その間は多いときで十数件~数十件/日の利用があり、これ継続してたらそこそこの数値がでたかもな~とは実感しました(却下してもらったのでその間の配当金はありません) その後、単品販売にしたとたん全く動きがなくなって、その後はBOOK☆WALKERより出ない結果に。

月額980円必要なKindleアンリミテッドでは日に数件読まれるものの、単価700円の本になるとパタッと止まる……まあそんなもんか。それだけアンリミ利用者がひっそり配信されてる同人誌さえ読んでいることでもあって、それはそれで良い環境だなあと。未来の「火星の人」が生まれたらすごいよね。

より経済的な成功や、より多くの読者に届くような判断をとるなら、Kindle独占契約にして読み放題やロイヤリティ70%契約を結ぶ方が、多数のストアに卸すよりもリターンが大きくなりやすいだろう、という感触があります。あとは無料漫画をインディーズ漫画ストアで出し、上位を狙って賞金を狙うのも(今のところは)額が大きい。やはり、経済的リターンについては(上手く使えば)Amazon帝国が強いです。

そういう電子配信事情を横目に見つつ、うちは別にいいか~と独占にはせずBOOK☆WALKERにも卸してます。

そんなBOOK☆WALKERに同人誌を卸してるのは、うーんなんとなく。インディーズ投稿できる国内向け電子ストアは多数あるものの、だいたい外資でなんかちょっと空気違うなとは感じている中で、BOOK☆WALKERは国産サービスゆえにか明確に「日本の同人文化に電子書籍を根付かせてやろう!」という意思を感じるし、そこに身近さを覚えてという理由は確実にあります。

こういう出展ブースも即売会で見かけることが増えました。

「BOOK☆WALKER 電子書籍ランキング 2018」では同人誌・個人出版の枠を設けるなど、インディーズ出版には嬉しい施策も。また東方プロジェクトの公式許諾を得た二次創作同人誌の配信を始めたことも、昨年のインディーズ出版・同人界隈では大きな話題になりました。

またBOOK☆WALKERでは18禁相当のインディーズ作品も取り扱いがあります。「BOOK☆WALKER 電子書籍ランキング 2018 R18ランキング」では商業媒体だけではなく、よくみると個人出版による作品も上位にランクインしていて、これもなかなか夢のある状況だなあと。

つらつら並べて書くとなんだか回し物みたいですけど、実際にこれだけやってる実績があるから書けるわけでして。

もちろん、これ以外にも現在は多数のストアが個人出版を受け入れており、そのあたりはいっせい配信企画さんのノウハウページによくまとまっていまるので参考にどうぞ。

こういった資料も参考にしつつあれこれ考えて、最初は他にも配本しようと思ってたんだけど、ストアを覗いても自作の居場所を感じない……アマチュア同人誌をポンとおいても商業誌と比べられて辛い……みたいなところが多い気がして、現在はその2社のみです。

配本ストアを増やすということは、入稿作業もその後の運用管理も、そもそも納品のためのログインアカウントも掛け算で増えていくことなので、そこは得られるリターンとのバランスです。

同人誌の電子配信といえば古くからDLsiteやFANZA同人がありますが、このあたりは伝統的にエロが強く、うちみたいな零細全年齢同人誌は申し込みにくい……と思っていたところにKindleやBOOK☆WALKERのような、それらの文化圏とは異なる個人電子出版サービスが普及してくれたのは本当にありがたいことです。

ということをぼやぼや呟いていたら、それを見たいっせい配信企画の主催者・なかせよしみさんがこういう発言をされていました。

なんとなくで選んだストアでしたが、多数のストアに配信実績のある方でもそう感じているなら、あまり外した目論みでもなかったのかなーと思っています。

個人で出版するということは、各ストアへの入稿や管理も全て個人にかかってくるため、なかなか手広くやるのは難しいと感じています。印刷物だって「とらorメロンorフロマージュに卸す作業も大変だー。なんなら1つにしぼりたーい」みたいに思うときもあるじゃんね同人屋。

自然とリターンと手間を天秤にかけ、ストアの雰囲気から選別して、そうこうしているうちに淘汰なりストアの特色なりが生じるのかも。

もっと手広くやりたい! という気持ちがないわけではなく、多ストアに卸してくれるBCCKSのストア配本サービスといった便利なものもあるので、機会があれば使ってみたいですね。

最近は配信エージェントサービスも増えましたね。1契約で数十から数百のストアに配信できるのは魅力ですが、完全趣味の同人屋からすると「そこまでではない」「審査があるところも多い」という点から、今のところ特に興味がわかない状態です。また、この手のエージェントは現状ではコミック出版が中心で、小説や文芸、ムック形態などには対応してないことが多いのも寂しいところ。

とはいえ、同人でも頑張りたい人には、とてもいい時代になったなあとも感じています。

電子出版って難しいんでしょう?

ここからは少しだけ専門的な話に。

電子出版といえども始めるには「入稿作業」というものが生じるわけで。一回でも同人誌を出したことがある人なら、初めて入稿した時のあたふたぶりや不安はわかるでしょうし、今になって別形式に新たに手を出すのは気が重い……という気持ちはよくわかります。

結論から言うと、私はCLIP STUDIO PAINT EXの標準機能であるEPUB・mobi出力で作成したファイルをそのまま電子出版にまわしており、特に不便は起きてません(マンガ限定ではありますが)

なので、少なくともすでにクリスタEXで印刷向け入稿作業の経験と、それに使用したファイルをお持ちの方であれば、すでに電子入稿のためのハードルはかなり低めになってます。

ネックを言えば、この方式では電子目次を作成できません。電子リーダーを利用したことがある人なら見覚えがあると思いますが、ページジャンプするときに使うやつですね。ただ、数十ページの読みきりマンガであれば、目次は実態として必要ないのでは、とも思っています。

大長編や総集編のマンガ本で目次が欲しい、何よりテキスト形式の電子書籍を作りたい! という方向けには、ファイル作成ツールを一覧化したこういうページも。こちらはBOOK☆WALKER制作です。

またこれまたマンガや写真集向けではありますが、これまたBOOK☆WALKERがブラウザ上でアップロードするだけで電子入稿ファイルが作れる便利なツールが先日誕生しました。

BOOK☆WALKER 電子コミック作成ツール

私は電子出版を始めて1年ほどですが、始めるためのハードルは日進月歩で進歩してるなあと肌で感じます。

とはいえ、いかに日に日に進化しているとはいえ、こういうときに感じる心理的障害とは「やり始めること」であって、「やり始めてからの簡便さ」ではないんだよなーとも。どこかのタイミングで「やってしまえば簡単だった、という経験」を誰しも体感できればいいんだけどね、ほんとはね。

ただ「電子出版なら最悪、入稿後・配信後でもファイルを更新できる!」と「売れないことに悩むことはあるかもしれないが、在庫の扱いに困ることは無い!」はここで強調しておきたい。

仮に乱丁落丁があっても修正申請すれば、たいていのストアでは既に購入した方にも自動で修正後のファイルがいきわたります。そしてもちろん、入稿後に作り手が売り物の在庫を抱えるということもありません。

個人的にも、印刷入稿後のドキドキ心理や在庫の置き場に悩む気持ちを知っているだけに、こういうところはやっぱり電子はストレスフリーだな……なんて思います。

これからのこと考えてみる?

電子出版だけで1000万円も稼いでないので地味でつまんない話にしかならないんですけど、今この瞬間の記録として残しておこうと思って書きました。

これからねー。

ちょうど2020年夏のオリンピック時期には、都内の主要施設が使えないか縮小利用になってしまうため、同人界では大手主催者が完全停止になるその前にお祭りやろうぜー! と企画しているところです。全容はまだ見えてきませんが、かなりの盛り上がりになるのではないかと期待しています。

またオリンピックを超えてしまえば、主要開催施設には大規模な増床が施され、現状のコミケやコミティア等で落選サークルが発生している状況に変化が生まれる可能性があります。そこでまた同人界隈の空気が変わるのかなとも。

即売会の規模ばかりが大きくなってやっぱり同人市場では配信の影が薄くなるのか? と思う一方で、これまでの歴史を鑑みると、むしろ即売会に参加する人が増えるごとに世間や周囲からの認知も増え、即売会以外の個人出版サービスにも良い効果が生じる可能性も十分に考えられます。

一方で、ネット上でもPIXIV主催かつ版権とも提携して実施される同人誌即売会「BOOTH Festival 東方Project オンリー回」「BOOTH Festival アズールレーン オンリー回」といった潮流もあり、今後これが他ジャンルや他サービスにも展開されるのか、興味深く見守りたいですね。

電子出版の動向について、先ほど紹介したナカシマ723さんの記事にこういう話も。

- 上位勢、どのくらいダウンロードされてたの?

毎月のDL数は、翌月15日にKDPアカウントの「レポート>履歴」の欄で見ることができます。私の場合は7月が4558冊、8月は9894冊でした。
(中略)
同作の1話目PVは各サイトあわせてまだ15万弱なので、単に「たくさんの人に見てもらう」という目的で置くにしても、投稿先として無視できない規模はすでにあるといえます。

Kindleインディーズマンガストアってどうなの? → 上位ランカーだけど現実を語るよ

個人出版というと、思わず収益性に目が行きがちですが、そもそもの作品公開の場としての機能も徐々に備えつつあるのかもしれません。

とりあえずよりフットワーク軽く動けるようには準備しておこうと思いつつ、同人誌書きながら電子書籍の配信申請をだしている次第です。

目下の問題は、5月のコミティアが1000サークル近い落選が起きてしまうらしいということでして……受かれー!!