見出し画像

カッコいいと言われて嬉しかった話

 コロナ禍で多忙を極める部署に組織やグループの垣根を越えて、人材を一時的に派遣する取り扱いは柔軟に行われるようになった。実は私も2週間、電話による聞き取り調査で支店の一角に派遣されていた。「一角」というのは、そういう一時的なプロジェクトが複数立ち上がっていることを意味する。土日もなく残業も多かったため、noteの更新も疎かになってしまった。

 配属になった班は概ね10名でいろんな部署から派遣されていて、引き継ぎ期間を含め、数日で五月雨式に人が入れ替わっていく。そのため、丁寧な自己紹介をすることもなく、電話口で「●●の○○と申します。」と名乗っているのを聞いて、あ、この人の名前は○○なんだ、と認識するくらいだ。

 調査自体もいろんな社会の一面に触れることが出来て面白かったが、普通に仕事をしていても絶対に一緒に仕事をすることはないであろう分野の人たちと机を並べていることも興味深かった。そして、人が入れ替わることで、その集団の動きが変わるのも面白い。

 聞き取り案件は離れた場所のボックスにあり、各自が取りに行くのだが、案件の少ない日はまじめに取りに行く人が全部こなしてしまい、そうでない人は何もせずにネットを見て一日を過ごす構図になっていた。「10件こなしたら、就業時間内であっても帰宅して良い」などのジョブ型だったら、案件は取り合いだっただろう。しかし、1件あたりの所要時間が20分〜1時間半と幅広く、単純に件数だけで評価できないのも歯がゆいところだろう。

 なので初日は、ボックスが溜まってきたのに気づいた担当者が配りに来ていたのだが、何もしない時間を超苦手とする私は、案件が終わるたびに積極的に取りに行く姿勢を取った。そして、同日に派遣されてきた若い男性がこれまた熱い男で、私と案件取り合戦を始めてしまった。

 すると、面白いことに周囲が変わりはじめたことに気づく。50を過ぎた白髪のおばちゃんと30代くらいの男が「熱い」という共通点だけで繰り広げている鍔迫り合いが楽しそうに見えたのだろう。皆、積極的に取りにいくようになり、「ボックスが空だったけど、担当者に催促して手渡しでもらってきた」と武勇伝のように嬉しそうに話す。

 本当に案件が少ない日は、誰彼となく「偵察」と称して案件がないかを確認に行き、「なかったっす」、「そろそろ出そうです」と報告し合う。来たばかりの頃とは全く違う、コミュニケーションの多い同志チームが出来上がっていた。

 そして、派遣期間が終わりに近づいた頃、朝のエレベーターから降りたところで出くわした女性の同志に「うわ、今日もかっこいいですね! いつも、おしゃれだなと思ってたんです」と声をかけられた。30代くらいだろうか、彼女は私の前の席に1週間前くらいから座っている。

 ベリーショートのグレイヘアにしてから、何もしないと「おばあちゃん」にしか見えないので、染めていた頃以上に外見に気を使うようになった。その日はデザイン性の高いモノクロのニットに黒のスキニー、白のショートブーツを履いて、オフホワイトのカジュアルトレンチコートを羽織っていた。真珠のピアスを除き、ブランド物は一つもない。でも、外見をかっこいいと言われたのは人生初で、ちょっと面映ゆかった。

 思えば、若い頃から「性格は男前」と言われることは多かったように思う。それはそうだろう、二週間の派遣期間といえども、何もしない時間が嫌で、自らの仕事を増やすことに迷いもないのだから。おそらく、その行動と今の外見が一致し、余計にかっこよく見えているのだと理解した。

 白髪染めをしていた頃は、外見は「無難」を基本としていた。攻める必要もなく、とにかく楽だったからだ。しかし以前の投稿でも書いたが、普通に行動していても人より印象に残ってしまう性質は、中身と外見が合致した今、より強固になっていってしまう気もする。いっそのこと、今後はこの性質を自身で面白がっていくことにしよう。人生で初めて「かっこいい」と言われた日、私は新たな武器を手に入れた。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?