2010年の文章

自分は鬱病にかかった。
というか、鬱病という診断を付けてもらった。
が正しい。

どうしたらいいか分からなくて、その状態に名をつけてもらいました。
あたしはそれを逃げの道具にしました。
でないと不安で、中途半端で、許せなくて、それこそ自分を殺しかねなかったから。
でもそれは許されなかった。
手を切った。でも痛くて、沢山傷つければいいと思ったけど、死ななかった。
友だちが助けてくれて、泣いてくれた。怒ってくれました。
包丁を持ってきて自分の腹を刺した。けど刃の先端は折れてて自分は死ねなかった。
だから自分はまだ死ねないと感じました。
だったら生きてやろうと思った。自分の人生を他人に刻みつけながら。

それは終わりじゃなくて、通過点にしかすぎなかったです。
薬も飲むのを止め、通常の生活ができるよう回復に向かっています。
鬱病は脳の病気だとか、甘えだとかいろいろ言われていますが、実際脳の病気かどうか、実証はされていません。
分からないからとりあえず鬱病という病名をつける医師もいるそうです。

薬はやっぱり飲むもんではありません。
飲んで治る訳でもありません。
薬は手助けをしてくれるだけです。
結局は自分の意志です。
治したい、治りたい、もう一度何かに挑戦したい。
すこしあれですが、お金が欲しい!とかでもいいと思う。
あと、自分の意志だけではどうにもならないことがあります、
それが、環境です。
周りが悪ければ、よくなるものもよくならない。
グチグチ行ってくるひとの隣にいても、イライラが募るばかりでよくなりません。自分のプラスになるような環境に己を置く。これも大事。

自分の意志だといいましたが、甘えではない。
気分の波だけではありません。寝れなくなったり、ご飯を食べ過ぎたり、食べられなくなったり、起き上がれないくらいだるかったり、手が震えたり。心身症と言うんでしょうか。
事実自分も不眠症になったり、ご飯を見るのもいやになったりしました。(あんなにご飯好きだったのにね)



他人に沢山迷惑をかけて、沢山傷つけて沢山心配をかけてきた。
だからこそ
これからの人たちを
自分の人生を持って
色んなことを教え、共に教えられ、
育ち、育てられたいと思いました、教育の現場に立とうと。


自分はとても狡くて弱くて、難儀でしたたかで、可愛い気のない人間です。こんな19って他にいんの?って思うぐらい。

自分は鬱病になりました。
けど悪いだけじゃなかった。
色んな経験をして色んな人と出会って、自分にとってプラスでした。
自分にとってプラスにしました。

ネガティブな考えでも向いてるのはしっかりと前です。

死に向かってても死体を踏みだいにしてても、結局前向きしか、ないんです。