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旅・たび・タビ

今年の冬の終わりに会社を辞めた。退職後イタリアに渡航するまでの2か月間に渡って、約2週間ずつ3回の旅に出た。

最初の旅は、沖縄は久高島だけ訪ねた後は博多から西に移動して長崎の教会群へ。2回目は東京でたくさんの友人に会った後、東日本大震災の被災地、三陸海岸を松島から八戸まで北上。3回目は、草津(初めての温泉旅行)を訪ね、次に福島の第一、第二原発付近を案内いただいた後、北上し、遠野、秋田、山形とまわった。

荷物は、そんなに大きくないリュック一つ。中身も最低限の内容で、服の替えは一つずつ、タオルは手ぬぐい大のものを一つ、シャンプーも持たない(宿にシャンプーがなければ、そのへんの石鹸で洗う)という、まるで日帰り遠足のような出で立ち。行先もあまり固定せず、漂浪するような旅を続けていたら、次第に、少し前までの仕事が中心の生活は、すでに遠い昔のことのように思えてきた。

今回の旅は、離職からイタリア渡航までの間という、間違いなく人生の節目になるであろうタイミングでの旅だったので、出立の前からその予感はしていたたものの、これまでとこれからを考えていくに十分な手がかりをもらう旅になった。                                今から思えば、むしろ、最初からそのつもりだったのだろう。

大都会から離島まで訪ねた中で一番深く感じたことは、人となりや考えは、住む場所に大きく左右されるのではないか、ということだった。それほど、所変われば、人の印象も、言葉も、時間の流れの早さも異なっていた。

例えば、分刻みの生活を送り、隣人を詳しく知らず、感覚の異なる人との付き合いや受け入れが必要な都会と、1時間に1本も来ない電車に乗るために時間をあわせ、特に注意しなくても、近所の動きがつかめてしまうような田舎とでは、暮らしぶりやその変化の速さは全く異なる。             田舎でもインターネットがあれば都会と同じように情報を得、物を買うこともできるかもしれないが、生身の身体が感じる時間の流れや人付き合いの仕方の違いは、想像や理解で溝を埋めることは難しい。             生活習慣は、理由や道理を言葉で捉えるより先に、やがて「こういうときは、こうするものなのだ、何でって、そういうものなのだ。」と、当然の感覚として身体に深く入り込み、それが意識や考えの前提となるのではないか。   もちろん、家庭環境や人間関係も、人格や考えに大きく影響するが、ここでは土地(空間)の話に留めるとする。                   そうすると、人は、住む土地に規定される、と言ってみたら、言い過ぎだろうか。

住む土地に規定されるといっても、生まれ育った場所の価値観で固定されたままというわけではない。                        かつて田舎で生活した人も、都会での生活を始めると、やがて、まるで人が変わったかのように、ああそういう人もいるよね、という態度をとるようになり、10分遅れた電車に次第に苛立ちを覚えるようになり、真夜中でも食事ができるファーストフードをあてにした生活を送るようになると、相対主義的な立場をとり、厳密さを求め、物事がスムーズに運ぶことを当然とした感覚に変わることは、十分あり得ることである。

もし私が離島に生まれ、家族は漁業で生計を立て、野菜は庭で育て、島に一つしかない学校に通い、帰ったら家のことを手伝って、兄弟の面倒をみる、高校は本島なので下宿するーといった暮らしを送っているならば、今の私はどのような私だろうか。                           大阪の都心で生まれ育った私には、全く想像がつかない。         もはや、私ではないのではないか。

それでは、私はこの時代に大阪で生まれ育ったことがどう自分自身に関わっているのか。                              何が私を決めるのか。                         私はどこから来て、誰であるのだろうか。

空間を移動し、その土地の歴史や生活といった時の流れを想像することが旅だとするならば、旅は、この問いを、身体全体の感覚に訴えるように立てかけてくる。                                旅とは、時間と空間を跨ぐ試みと言ってもいかもしれない。   


イタリア留学説明会で、現地の語学学校から来ていたイタリア人に「少なくとも2年もイタリアに!?人生を変えるのですね」と言われたが、まさしくそうなりそうである。                           空間が変わり、土地のにおいや人との関わりの仕方が身体に染み込んで、感覚や意識が揺さぶられ、考えが影響される。私がどう変わるのか、とても楽しみである。

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