見出し画像

「カエシテ」 第5話

   5

 結局、福沢の話が来月号のメインを飾ることに決定した。ただし、『月刊ホラー』では、そのまま掲載するような真似はしない。読者から聞いたことがあると言われてしまえば、それまでだからだ。こんなことをしていれば、読者から飽きられてしまう。そこで『月刊ホラー』では、話の脚色と言う手を使っている。話の大筋は同じだが、要所で方向性を巧みにすり替えるのだ。この脚色は全て、加瀨が担当している。休日は時間が許す限り、読書に興じているため、ストーリー構成の引き出しは豊富だ。雑誌社は、五年間雑誌を発刊し続けているが、未だに一度も問題は起こっていない。お陰で加瀨は、ライターとして記事の全権を任されている。
 福沢の話がメインと決まった後、加瀨はパソコンと向き合い、何とか話を成立するよう脚色した。今は、完成した原稿を陣内に渡し、最終チェックを待っている段階だった。ここでオーケーが出れば、採用となる。
「今回は大変だったよ。何度も書き直したから」
 昼休みに入ったところで、加瀨は福沢を誘い会社のそばにある定食屋に入っていた。店は、ウナギの寝床のように細長く、入ってすぐにレジがあり、その先から間隔をおいて両端にテーブルが並んでいる。突き当たりにはテレビが設置されていて、厨房はレジの奥にあり、ホールでは割烹着を着た中年の女性が忙しく動き回っている。昼時と言うこともあり、近隣の会社から次々と客が入ってくるため、大忙しだ。
「本当ですか。それなら、完成した内容が楽しみですね。早いところ、読みたいですよ」
 笑顔で福沢はイカフライを口に運んだ。体育会系だけに食欲は旺盛だ。ミックスフライ定食にご飯は大盛りと肉体労働者顔負けのメニューを注文している。
「陣内さんがオーケーを出したらな。だめ出しを喰らったら、また書き直さないといけないから」
 対照的に、加瀨はアジフライを摘まんでいる。大きなアジフライ二匹が皿に乗っているが、彼にはこれだけで十分だった。
「まぁ、これでとりあえず今月は乗り切れますけど、またすぐに来月のことも考えないといけませんからね。月刊誌はハードですよ。特に、うちのように少人数でやっているところは」
 あっという間にご飯の半分を食べると、福沢はぼやいた。だが、手は既にフライへと伸びている。
 雑誌を作る際、もっとも苦労する点はネタだ。読者の中には、月に一度だから時間はあると思われるかもしれないが、決してそうではない。同じジャンルの雑誌はいくつも発刊されているのだ。おまけに最近は動画サイトや個人で運営しているサイトで都市伝説を発表している人もいる。そういう人と内容が被ってはいけない。絶えず、ネットやライバル誌に目を通しながら取材を進め、読者にとって新鮮なネタを提供していかなければいけないのだ。ブームは大金をもたらしてくれるが、一過性で終わらせないためには、関係者が水面下で熾烈な戦いを繰り広げているのだ。
「それは大丈夫だろ。お前であれば。どこでもうまく入り込んでいくんだから」
 加瀨は何とかアジフライ二枚を平らげると、尻尾を脇に避けながら福沢の不安を一蹴した。彼は人懐っこさを武器に初対面の人とでも簡単に打ち解けてしまう。陣内はいち早くこの特性に気付き、福沢をオフ会に送り込み、ネタを取ってくるよう命じたのだ。最初は戸惑ったものの、何度も参加することで少しずつ慣れていき、今ではこの天賦の才能を有効活用している。
「そんなことないですよ。オフ会で話を聞くのはなかなか大変なんですから。下手なところに参加すれば、合コンしかやっていないですし。肝心な都市伝説はいつになっても聞けないって時も数多くありましたからね」
 そう話しながら福沢はミックスフライ定食を平らげた。
「それはしょうがないだろ。毎回、うまくいくことなんてほとんどないんだから。最初は苦労して成長していくものだよ」
 加瀨は、味噌汁を啜っている。決して食べるスピードが遅いわけではないが、福沢が早すぎるのだ。
「まぁ、そうですけどね」
 話の内容よりも食べたことに満足しているらしく、福沢はお茶を飲むと背もたれに体を倒した。おなかを摩っているその姿は完全におっさんだ。とても二十五才の若者には見えない。
 しかし、本人はそこを気にすることなく、店の奥に設置されているテレビに目を向けた。現在は品川区にあるS社という新聞社のビルの屋上から女性が転落死したと報じている。名前は、岩瀬いわせさつき。さつきはS社に勤めている社員で、今朝は普段通りに出社したものの、始業時間に姿を見せなかったことを同僚社員が不審に思ったところ、外からものすごい音がしたという。慌てて外を見ると、そこには女性が血だらけとなって倒れていたと言うことだ。目撃者がいたことからも事件性はないと判断し、自殺で処理されたという。
「気の毒にな。まだ若いのに」
 アナウンサーが読み上げる原稿は聞こえていたため、お新香を食べながら加瀨は呟いた。
 が、そのまま福沢の顔を見ると、彼は固まっていた。
「おい、どうしたんだよ。そんな顔をして。何かおかしな事でもあったのか」
 加瀨は笑いながら聞いた。福沢と言えば、お調子者だ。笑顔を絶やさず、人を笑わせている。その男が今は口を半開き、硬直しているのだ。不思議に思わないはずがなかった。
「この人です」
 声を掛けられたことで、福沢はテレビを指差した。ただし、表情は硬直したままだ。
「この人ですよ。オフ会で『カエシテ』を話した人は」
「何だって」
 今度は加瀨が慌てる番だった。慌ててテレビに目を向けた。
 画面では、まだあどけなさの残る少女が笑顔を浮かべた写真が映っていた。


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?