森見登美彦『熱帯』文藝春秋,2018

友達のAちゃん(仮)は森見登美彦を激烈に推している。「直木賞、今回はいけると思ってんけどなあ」と嘆きながら私に手渡してくれたのがこの本『熱帯』である。
なんと言って慰めていいかわからない。元気になってほしい。
とりあえず読んでみる事にした。

実は私は昔から森見登美彦がそんなに好きではない。なんじゃあ、ええ歳こいたおっさんが黒髪の乙女がどうしたこうした、カマトトぶりやがって。白こいんじゃ、いちいち上品ぶりやがって、このボンボンが、メソメソゴチャゴチャうっとしんじゃボケ。くらいの事は思っている。いや、そこまでは思ってないが、それに近い事は感想として抱いている。
でもまあ、大丈夫やろ。私が森見登美彦を読んでいたのはだいぶ昔だし。まさかそのままっちゅうことはあるまい。どんな進化系森見登美彦を見られるのだろう、ワクワクする。

それで、読んだ。
びっくりした。何も始まらなかった。壮大に何も始まっていないのである。「森見登美彦氏、直木賞に敗北す」とブログ(※1)のタイトルにあるが、そもそもその土俵に立てていたかも怪しい。

まず長い。最初は「自分の体調のせいかな。集中力なくなったなあ。悲しいなあ」とか思っていたのだが、林真理子も「長い」と言っていたらしい。(※2)
「長い」というのは、文字通りの意味ではない。「書いてある内容に対して気力と時間を費やせるだけの適切な分量ではない」という事である。どれだけ長かろうが、面白い物は面白い。一生終わらなければいいのにと思うほど面白い。要は、『熱帯』はつまらない。
なぜつまらないのかというと、「なんか書いてあるようでなんも書いてないから」である。
確かに景色の描写は上手い。いつもの森見登美彦という感じで、目の前に街並みや蜃気楼が立ち上がって来るかのようだ。
しかし、だから?
立ち上がったところで、それが本質的なところに絡んでくるかと言われると、別に何も絡まない。
構成も面白い。四畳半神話大系から更に発展した理知的なギミックによって作品は収束を迎える。しかし、だからといって感動するかというと、しない。私は、別にしなかった。
結局「世界の謎」がなんなのか、「熱帯」とはなんなのかこの作者は何も語り得ていない。「門」は未だ閉じられたままである。

森見登美彦の小説には生身っぽさがない。
悪意や絶望や、劣情や怒りや醜悪さ、そういった人間の生臭さに軽やかにヴェールを掛けて、ダルマがどうこう鴨川がどうこうみたいな事を書く。情景は書けても、人間については書けない。「書かない」のではなくて多分「書けない」のだろうと思う。それを見て「びびっとんか。びびっとる場合ちゃうぞ」と思う。
多分、この人は脳で書いている。脳で考えた事を、脳で考えた技術で書いている。それが悪い事とは決して思わない。間違ってなどいない。正しい人生が無いように、正しい小説も存在しない。
しかし、彼が本当に賞レースに勝ちたいと考えているなら、相手が選考委員であるなら、直木賞であるなら、もう一声というか、脳ではなく魂から成る重いパンチの一つや二つなくては話にならないと思う。「ながいおはなしを、じょうずにかけました」という、それでは足りないのだ。
これでは『宝島』には勝てない。相手が『宝島』でなくても真藤順丈でなくても、勝てないと思う。
そしてそれは万城目学も同じだ。その登山ルートで行きたいのは解る。でもその登り方では多分一生直木賞は取れないと思う。

しかし、この作品がターニングポイントとなる可能性も充分ある。森見登美彦がこの『熱帯』で「人間にとって読書とはどういう行為か」を考え始めたなら、その先にもまだ答えは沢山ある。
一体、自分はなんで文章を書いているのか、書かないといられなくなったのか、言葉を記すという行為は一体なんなのか、そういった事を突き詰めていくなら、もっと何か別のステージに辿り着けるのではないか。
その時こそ読者は本気で「モリミン、すげえな!!」と叫べるのではないか。
きっとある。森見登美彦であれば「我、直木賞に勝利す」と書ける日はきっと来る。知らんけど。
そういう事をずっと考えていた。

とりあえず私はAちゃんと飲みたい。今日は寒かったです。モリミンは直木賞とってほしい。Aちゃんのために。
遅くなってごめんね。

※1 https://tomio.hatenablog.com/entry/2019/01/18/155025

※2 https://www.sankei.com/life/news/190116/lif1901160043-n1.html

スケザネによるこのnoteへの評 。 https://twitter.com/yumawata33/status/1094257781169827840?s=21

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