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短篇小説「狂架一輛」(きょうかいちりょう)── 非おむろ 2023/09/15

 ぶ!


 瀧が瀧を呼ぶ天然の要塞。東温市南部の名も無き溪谷を貨物列車は走る。法に悖(もと)った駕(のりもの)──尤も、これに乗っているのは……載っているのは、何なのか判らぬが──であろうと、三人(みたり)には無関係であった。
 臥待月を撫でる秋の夜風は、四国山脈の山奥で、三人(みたり)の狂気に驚かされながら、恐る恐る宵闇を擦り抜けているようだった。

 にょろたん。

 そうSNSで自称していたスキンヘッドの小柄な破戒僧・新糊(にいこ)は、書類上は廃線である線路の上で、泣き乍らヌンチャクを構えている。
「……じょ、じょしだいせいと、懇ろになる予定が……。」


 リツ☆リツっぺ。

 そうSNSで自称していたパンチパーマの中肉中背の破戒僧・律鋼(りっこう)は、書類上は廃線である線路の上で、泣き乍ら三節棍を構えている。
「……じょ、じょしだいせいと、懇ろになる予定が……。」


 Car**猫2taN(カーまおまおたん)。

 そうSNSで自称していたコーンロウの大柄の破戒僧・燗檻(かんおり)は、書類上は廃線である線路の上で、泣き乍ら鎖鎌を構えている。
「……じょ、じょしだいせいと、懇ろになる予定が……。」

 嗚呼、戯れ同然の小雲がヒョイと身を逸らして背伸びをし、月影愈々清か。秋の涼しさが夜を貫く。スキンヘッドの新糊(にいこ)は鈍色(にびいろ)の法衣を纏っている。パンチパーマの律鋼(りっこう)は空五倍子色(うつぶしいろ)の法衣を纏っている。コーンロウの燗檻(かんおり)は羊羹色の法衣を纏っている。

新糊「貴方達、本当の本当に、恥ずかしくないんですか。ネカマおじさん。くたばれや。どうして、貴方達は、自らを年頃の女性と偽ったのですか?」
律鋼「その質問は、自問自答かい? 〝にょろたん〟。性犯罪者、と云った方がよいのでしょうか?」
新糊「まだ何もしていませんが?」
燗檻「〝まだ〟、とは?」

 一陣の風に、笹が、薄(すすき)が、バラードを合唱し始める。

律鋼「おおかた、女性と偽って、女性とのオフライン会合に雪崩れ込み、ドスケベな暴力を加えようと目論んでいたのでしょう。君ら、いい加減にした方がいいよ。」
燗檻「自己紹介ありがとう、性的暴行発案者さん。」
律鋼「いやあ、いい大人がSNSで……酷く浅墓だなあ皆様!」

 回転の力を最大限に利用した律鋼(りっこう)の鋭き三節棍の連撃を、新糊(にいこ)はヌンチャクで全て受け切った。燗檻(かんおり)はというと、大掛かりなバック宙を用いた回避で、その兇悪な打撃を免れていた。

律鋼「皆様の性欲を、私の攻撃で、浄化しようと考えています。」
燗檻「愚かな! 変質者の暴力には私は屈しません。」
新糊「そもそも、一番最初に逢おうと提案したのは貴方でしょうが。」
律鋼「君だろう?」
新糊「巫山戯(ふざけ)ないで頂きたい。」
律鋼「一番はいつだって最初で、最初はいつだって一番です。」
新糊「八釜(やかま)しいですね。揚げ足取りは結(むすび)に構(かまい)。証拠は、半日前に携帯端末を鳶に攫われてしまった為に今すぐには提示できないが、間違いなく貴方が言い出しっぺだ。じょしだいせいと戯れるのを、夢想し続けていたんだ。貴方は。色欲の〝オアシス〟を求めるのも、たいがいにしなよ。蠅の如き中年男性。おじさん。」

 蟲達の聲(こえ)が、愈々けたたましく三人(みたり)を包んでいた。

律鋼「こう見えても私は法力(ほうりき)が使えましてね。条件さえ揃えば、敵に働く慣性や重力を操作すること能(あた)います。その法力を応用すれば、とても攻撃的な超能力となり得ます。皆様の骨という骨を木っ端微塵にすることが可能です。」

 出鱈目だ。律鋼(りっこう)は、〝全身が海水に包まれている場合に限り、2000dBの爆音を踝(くるぶし)から出せる〟という、非常に兇悪かつ使い勝手の悪い法力を確かに持っているが、慣性や重力の操作なぞ可能な筈がない。勿論、燗檻(かんおり)はというと、東京都千代田区の大手町駅と愛媛県松山市の大手町駅を、ワープ──瞬間移動にて、一日につき四往復が可能だ。

新糊「私は、十年に一度、百日、時を遡ることが可能です。今、その法力は、溜まっています。」

 事実であった。

新糊「あのー、えー、そのー、時を、戻してやります。」

 新糊(にいこ)が中腰の妙な構えを取ったところで、猛スピードで違法貨物列車が突っ込んで来た!

 廃線を辷(すべ)る兇悪な流れ星は、瀧の羣(むれ)の方へと進み続ける!

 慌てて三人(みたり)は何となく飛び乗ったが、その際に、三人(みたり)の得物のそれぞれの鎖が、近隣の高野槇と貨物列車の屋根の突起の両方に厭な具合に絡まり、大惨事に!

 貨物列車は月光を浴び、空中を暫く辷った後、瀧の上部の岸やら崖やらに不安定に着地した。三人(みたり)は回転受身でそれぞれ脱出した。


 三人(みたり)は呆然としていた。月光が宵闇を裂き、閑かに笑っている。瀧の轟音が響く中、不安定ではあるものの、岸、兼、崖からせり出したような貨物列車の車輛が一本の橋となり、宇宙への旅路を誘(いざな)っていた。

 甘ったるい獸(よつあし)の鳴き声。ニホンカモシカか何かが近くにいるのだろうか。

 三人(みたり)は、自分を含む全てのネカマを打擲(ちょうちゃく)し、瀧壺へ投擲したいのは山々であったが、この〝運転者の居らぬ〟違法貨物列車の実存に対して、熟考していた。

 ……これは実存ではなく、本質では? 痺れを切らした本質が、実存を冒瀆したのでは? ──そんなことを、三人(みたり)が三人(みたり)、攷(かんが)えていた。


 嗚呼。


 貨物列車の車輛よ。宇宙への橋となりかわりし、その無骨な一輛よ。お前さんは、何処(いずこ)から来たのだ。友よ。

 夜は更け、河鹿蛙が溜め息を吐いた後、永久(とこしえ)とも感ぜられる沈黙(しじま)が三人(みたり)を襲うた。



 そりゃそうだ。



 SNSで自らを若い女性と偽ったおじさんが三名、僧侶のコスプレをして、鎖が伸びた武器を持参し、涼しき月夜に山奥の廃線上でオフ会に参加したはいいものの、全員ネカマだと発覚し、殺し合いになる前に詳細不明の違法な貨物列車が場を制圧、気がついたら瀧の崖の上で、呆然としているのだ。呆然とした後は、改めて呆然とするか、引き続き呆然とするかの、二択ではないか。


 どうすれば、よいのだ。


 物理的な朝日は昇るかもしれないが、三人(みたり)の〝今後〟は、短期的な意味でも、長期的な意味でも、決して解決はしないだろう。それでも、死なないのならば、生きるしかない。生きない場合は、死ぬということになる。


 風。


 いやはや、美しい貨物列車だ。停止してから、こいつは、〝本物〟になったのだろう。孤軍奮闘した、狂える鉄の柩よ。謎を抱いた儘(まま)、橋として休んでお呉れ。何(ど)うか、形而上学的に撓(たわわ)な〝架かり〟であってくれ。

 まさしく、〝一本〟。それまで。


 秌(あき)。






 ぶ!






 誰かが、屁をこいた。誰がこいたかは、問題では無かろう。




                            2023/09/15 非おむろ

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