子供向け小説という名の理想論

数ある職業の中で、短命で有名な職業と言えば、小説家をあげる人がいる。

それは考え過ぎちゃって病気になって自殺したり(芥川龍之介、太宰治、川端康成、三島由紀夫えetc)、インドアすぎて肺病になっちゃった人(中原中也なんて「文豪は肺病で早死してる人が多いから俺も!」とか言ってたら死んだらしい)が多いからだけど、児童書作家は逆で90歳でも現役だった(ダイアナウィンジョーンズとか)人はザラだ。

児童書は、子供向けだけあって、セックスとか不倫とか浮気とかセクハラとかギャンブルとかそういうドロドロしたものが排除されているから、とか、「正義は必ず勝つ」「愛は世界を救う」「世界には希望が溢れている」「正しく生きる者は救われる」「がんばりは報われる」という理想が達成されている世界が多いからかもしれない。

推理小説でさえ、シャーロック・ホームズシリーズの児童向け版からはホームズがコカイン中毒であった旨をカットされてしまっていた。


小さい頃にはわからなかった「大人になると薄汚れてしまって、子供の頃の純粋さを忘れてしまう」という意味を、アラサーになって身にしみて分かってしまうと、ある意味そんな「現実では絶対にありえない理想論」である児童書が逆に新鮮に思えたりする。

児童書の中の登場人物たちは、こぞって他人に対して思いやりがあり、過ちがあれば認める。
善と悪ははっきりしていて、悪人は罰せられ、善人は救われる。
友を見捨てたり裏切ったりせず、したとしても後で和解したり改心する。


そんな現実ではありえない理想を、物語のなかで夢見ているのだから、書いている方も心穏やかに違いない。


図書館に行くと、児童書コーナーはたいてい一般書とは別室になっていて、大人が入って行こうとすると、職員に呼び止められる。

私が小さい頃は、図書館で下半身を露出する変態が何度も現れて、職員の人が困っていたから、きっとそれの防止も有るのだろう(ありがたいことに私は現場に居合わせたことはない)。

そういう意味でも児童書コーナーは聖域で、守られた理想の世界なのかもしれない。


私はもう歳を取って、その聖域から追放された身だけれど、ふと辛いときに児童書をめくってみると、もう失ってしまった自分の良心とか希望とかを思い出す。

子供の頃、楽しかった思い出はないけれど、酒もタバコも何もなかったけれど、

今よりずっと気高かったかもなあ。

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