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鬱病と天才:ウィンストン•チャーチル


A pessimist sees the difficulty in every opportunity . An optimist sees the opportunity in every difficulty. Winston Churcill
(悲観主義者は全ての好機に困難を見出し、楽観主義者は全ての困難に好機を見つける。)

ウィンストン・チャーチルと言えば多くの人はヤルタでのルーズベルト、スターリンとの三巨頭会談の光景を思い浮かべるだろう。猫背で小太りの体型にボーラーハットと葉巻、雄弁で決断力のある英雄。

その勇姿を知っている我々からすると彼が鬱病に悩まされていたことは想像が難しい。彼はうつのことを「黒い犬」と呼び忌み嫌った。彼は35歳で内務大臣の職にあった時主治医にこう語っている。「二年か三年の間何もかも光を失ったみたいだった。仕事はしたよ。下院の議場に座ってね。ところが黒い犬が降りてくるんだ」、「急行が通過するときにホームの端に座っているのは怖かったな。船の甲板に立って海を覗き込むのも嫌だった。そこから少しでも動いたらすべて終わりになってしまいそうだった、絶望のほんの二三滴もあったらね。」

ちなみにこの時のチャーチルは裕福で権力があり、結婚も済ませ特に不運な出来事は何もなかった。「黒い犬」は彼の気分、状況に関わらず姿を表す魔物だった。

一方で鬱の時期が収まっているときのチャーチルは著しく社交的でエネルギーに満ち溢れていた。彼は深夜に猛烈に生産性が高まり政治家として活動する傍ら生涯で43冊もの本を書いている(彼はノーベル文学賞を受賞している偉大な作家でもある)。パーティでは絶え間なく大声で永遠と喋り続け悪目立ちすることも多かった。

チャーチルはいわゆる躁鬱病だった。彼の友人ビーヴァーブルック卿は彼を「自信の絶頂に居るかひどいうつの底にいるか」どちらかだったと評し、チャーチルの主席軍事補佐官で軍参謀長であったイスメイ将軍はこう言った。

「彼は矛盾の塊だ。何かをものすごく賞賛していたかと思うと次の日にはそれをひどく非難している。天使のような気分にいるか、激怒して荒れ狂っているか必ずそのどちらかでちょうどいい加減でものがないんだ。」

チャーチルが「黒い犬」から逃れるのにアルコールを欲したのは当然の流れだった。彼が酒豪として知られているはこういう理由だった。チャーチルがどれだけアル中だったかというと、彼は朝食の後にウィスキーのソーダ割、昼食の時にシャンパン、午後にまたウィスキーのソーダ割、そして午後八時の夕食時にも何種かのアルコールを嗜んだようだ。日本だったら見つかり次第辞職させられる大罪である。

驚くべきなのは彼は酒だけでなく主治医からアンフェタミンによる治療を受けていたことだ。アンフェタミンとは覚せい剤である。米国ではメスとかクリスタルとか言われブレイキングバッドで主人公ウォルターが調合しているアレである。ドイツ軍でも配布されており、日本ではヒロポンの愛称で普及していた。当時は世界中がヤクで塗れていたわけだ。チャーチルはアル中でありヤク中だった。

チャーチルはヒトラーを信奉し軍事費削減を掲げるその他大勢の政治家に異を唱え続けたことにより閣僚から外され、荒れ野の年月と呼ばれる不遇の10年を過ごした。彼の友人ブレンダン・ブラッケンによるとこの時の彼はいつでも「絶望の人」で「私はもう終わっている。」と日に何度も言い死ぬこと毎日祈っていたという。

チャーチルが何故躁鬱病を発症したかというとリンカーンと同じく遺伝による可能性が高い。彼の父ランドルフは30代で財務大臣になるエリートでゆくゆくは首相という逸材だったが性格的な問題でそのチャンスを逃している。それは彼がセックス依存症だったことだ。

チャーチルは生涯で不特定多数の女性と関係を持った結果梅毒に感染して死んだだけでなく二万ポンドをヴィクトリア時代の「セックスの女神」と呼ばれたコリン・キャンベルに遺産贈与した。また彼の娘ダイアナは精神疾患でバルツール酸の大量服薬により自殺してしまっている。彼の躁鬱病はどうやら生まれつきなのだ。

冒頭の一節は楽観主義者であり悲観主義者でもあった躁鬱病患者チャーチルの性格をよく表している。ただ彼は憂鬱に負けることはなかった。『英国で最も偉大な政治家』と評される彼を敗者と呼べる人はいないだろう。

チャーチルは不屈の人と言われるがそれは彼が長年心に棲みつく「黒い犬」を飼いならしていたからに他ならない。隙を見せたら自分を食い殺してしまう「黒い犬」に比べたら襲い掛かる逆境など無に等しかったからだ。

彼はこう言った。

Success consists of going from failure to failure without loss of enthusiasm.
成功は何度失敗しても熱意を失わないその先にある。

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