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#55 おじゃまします、旗の揺らめく街【ネパール・カトマンズ】

人生を楽しむ為のポイントは、自分が自身に、どれくらいワクワクできるかで決まると思っている。
そんな自分と出会えるのは、やっぱり旅先であることが多い。
そしてそのワクワクを、自分で作れる人と行く旅路はどんなものになるのだろう。

空がピンクと水色に染まる頃。
到着した宿「カトマンズヴィレッジハウス」には、薄暗い道をくねくねと進んでたどり着いた。
途中ふんわり漂ってくる香辛料の匂いに誘惑されつつも、重い荷物をはやく置きたい衝動がわずかにだが、上回る。わたしは足早に、宿を目指すことにした。

大きなピンクのバックパックは、肩から下げたカメラバッグを巻き込みながら容赦なく肩に食い込む。
「それ、絶対キャリーにまとめる量でしょう」
と彼から指摘を受けながらも、頑なにバックパックを背負うことをやめない私は、天邪鬼だろうか。 


アジアをキャリーバッグを引きずる想像が、どうしてもできないのだ。
この不恰好さも、旅の醍醐味だと思っている節もある。

黄色・赤・青・白・緑。宿の天井には、大げさなほどに束になった旗がはためいていた。目をこらしてみると、それぞれの旗にはなにか模様が施されている。 


「朝日が降り注ぐ部屋が良い」と伝えたはずの部屋は1階の奥の薄暗い場所で、壁にはなぜか、アメリカンな犬の絵が飾ってあった。
大きなベッドがポンッと置いてある簡素な部屋に通された瞬間、彼とほぼ同時に「大丈夫ですか?」と声をかける。
はじっこで寝るんで大丈夫ですよ、と、さほどきにする様子もなく、返答が帰ってきた。

私たちは夕飯を食べるために、荷ほどきを後回しに、部屋を出る。
「この辺に美味しいご飯屋さんはありますか?」と、レセプションの、少しシャイそうな青年に尋ねてみることにした。
「ネパール料理が良い?それとも他?」と聞く青年に
「もちろんネパール!」と返答すると、嬉しそうに笑ってくれた。
その様子を彼は、少し後ろからじっと眺めている。
簡単な道を教えてもらい、地図に書き込む。青年にお礼を言おうとして、一瞬言葉に詰まる。
先ほど覚えたはずの「ありがとう」が出てこず、わたしは仕方なく英語で御礼を残した。

「会うの、久しぶりだね」
近道だと教えてくれた裏門の、重い扉をあけて路地裏へと出る。

薄暗い足元から目を離さないように、わたしは後ろを歩く彼に話しかけた。
「そうですねぇ」 
すこし訛りのある声が、後ろから追いかけてくる。

「髪、短くしたんだね」
わたしがそう続けると、
ですね、でもこれでも伸びたんですよ、とだけ返ってきた。

黙々と、道端から話しかけてくる物売りたちを交わして、薄暗い道を抜けていく。

そういえば、そんなに口数の多い人ではなかったな、とふと思い出して、私は一旦言葉を閉まうことにした。
あまり旅先で煩くされるのも、嫌だろう。

気を取り直して街と向き合おうと路地裏を抜けると、先の先まで、5色の旗たちが愉快そうに、パタパタとはためいていた。

西の空はにゆっくりと、ピンクと青のマーブルカラーの、夜のベールがかぶり始めていた。

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