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帰り道がまるで分からなくなったら。きっと初めてそれが旅になる

「旅の定義は、自宅を離れてここではないどこかへ行く事。なのでここにいるみなさんも、普段会社に通うみなさんも。旅をしている。旅人なんです」
前に、旅の定義を聞かれたことがあって。そんなことをイベントで話したような気がしています。
それは本心だし、そこに嘘偽りはないのだけれど。
でも、違うような気もしていて。

一体ここがどこなのか。
わたしは家に帰るのか、帰らないのか。
帰り道はどこなのか。
片道切符の先っぽは、あるのかないのか。

そんな、帰り道がわからなくなった状態が、わたしは旅だと思っていて。
帰り道がはっきりしている状態は、まだただの「長距離の移動の繰り返し」なんです。
そう思うと、今回の沖縄旅も、ただの長距離の移動なの。
帰り道も、帰るべき場所も、会いたい人も、わたしにはあるのだから。
わたしには、まだ帰るべき場所がみえてるなあ。

もしかしたら。わたしは地球規模の迷子を、一緒にしてくれる人をずっとずっと探しているのかもしれないなあ。

旅に連れ出してくれるひとを。
一緒にいたらなんでも楽しいね、だなんて、隣でほっこり笑ってくれるひとを。

話は変わって、今日から沖縄にきました。昨日マネージャーとふたりで「寂しいね」なんてちょっとしんみりした話をして「余裕持って空港行ってね」と折角助言してもらったのにも関わらず、カメラを忘れて家に帰るという失態をおかし、またもやギリギリで飛行機に滑りこみました。
次はいつ会えるかな。

私は少し前に「旅を少しお休みします」宣言をブログでしました。その時の文章に「旅を非日常のままにしたい」みたいな内容を書いたのだけれど。

上の理屈から言うと、わたしは多分、まだまともに旅なんかしてないので。
こんな台詞は、100年早いのかもしれないなあなんて、今は思ったりもしています。

沖縄のあとは、台湾に行って、トルコに行って、岡山へ...と思っていたのだけれど、ちょっと家庭の事情もあり1回実家に帰ることになりそうです。
やあ、これが大変だ。人生ってなかなかに、なかなかにね。

何はともあれ、これからもきっと私は移動を続けていく(?)のだけれど。
大切なひとたちの手は放したくないね。
ちゃんと、ぎゅっと掴んでいたいね。

そう思っています。

今夜も、良い夢を。


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