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おやすみ

8月6日より、休職させていただくことになった。
夢見たはずの介護の仕事、絶対にやりたかった障がい者支援。毎日楽しいのに、なんでか心と身体がぐちゃぐちゃになってしまった。

5日に施設長と所属フロアの主任に休職させていただきたい旨を伝えた。直前になって緊張して、お昼ご飯を食べながら伝えたいことを全部紙に書いた。

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左のぐちゃぐちゃは売店のおっちゃんがくれたチョコ

たった4ヶ月だ。それでもわたしは職場が大好きだ。
なんてったって利用者さんが大好きだ。なんの脈絡もなく「バカ!」と怒鳴られることもある。殴られることもある。だけど、体調の悪い日には微笑んで「夏バテかい?」と声をかけてくれる。わたしが髪の毛を切ったら、言葉の話せないひとが一生懸命“似合ってる”と伝えてくれる。

だけど、だめだった。
もう4年前ぐらい、高校生の時に受けたパワハラまがいのことが今でもわたしの傷だった。その傷が、新しい環境という無意識のストレスにさらされて、また傷んでしまった。
ご飯を食べられなくて、でもたまにめちゃくちゃ吐くほど食べちゃって、夜は何かが不安で眠れなくて、当然寝不足で、身体は動かなくて、仕事もうまくいかなくて、でも帰ってきたところで眠れなくて、そんな自分が大嫌いで、早く死にたいと、高校時代の癖だった自傷行為を繰り返すようになった。一人暮らしのわたしを心配して一緒に住んでくれている彼氏にも、何度も「もう死にたい、殺して」と言ったと思う。一度そうなるともうそればかりになってしまった。夜だけ現れていた“死にたい”という気持ちは、気がつけば仕事中も頭の中をぐるぐる回るようになった。
7月の半ばに病院に行ったら適応障害と言われた。電話で母親に伝えると、「深キョンとおそろじゃん、もえも実質深キョンだね」と優しく笑った。つられて笑った。母は偉大だ。

7月26日、GORIGORI吉本というライブがあって、大好きな札幌吉本のつちふまズと、ラジオもYouTubeも見ている空気階段を見てきた。彼氏と、その友達と一緒に見に行って、終わってから余韻に浸るようにめちゃくちゃお笑いの話をして、家に帰ってきて、それで、きっかけは忘れたけど、何かが爆発して、癇癪を起こしたわたしは、たぶん深夜だったと思うけど、死にたい死にたいと喚いた。たぶん。あんまり記憶がない。
あんなに楽しかったのに。本物の空気階段だったのに。またつちふまズのコントが見れたのに。大好きなつちふまズの三木さんから直接手売りのチケットを買えたのに。
喚き散らしたわたしは、結局自分の太腿に7針の傷を作った。受注販売で、お気に入りで寝室に敷いていたCreepy Nutsのラグマットには血がついてしまった。
彼氏が救急車を呼んでくれた。救急隊のひとも、警察の人もいっぱいきた。そして、警察の人にも、救急隊の人にも、殺してくださいと言った。「おじさんね、助けに来たんだよ。殺すことなんてできないよ」警察のおじさんがこう言ってくれたあたりから、記憶がある。

病院で縫われている間、不意に冷静になってきた。
なんでこんなに死にたかったんだっけ〜、ぐらいに、いつもの自分が帰ってきた感じだった。麻酔が効いているから縫われてるときなんて『なんか触られてんな』ぐらいの感覚しかない。いつもの自分は、今日のライブと、三木さんから買った次回のライブのことを考えていた。

病院を出たら朝だった。彼氏は次の日から出張で、本当は仕事に行かなきゃだめなのに、仕事を休んでくれた。それで、一緒に寝てくれた。病院にかかるまでもドリエルがなきゃ眠れなかったけれど、その日だけは、薬を飲まずともぐっすりと眠れた。

次の日から、彼氏が出張で家に居なくなった。
もう誰も助けてくれないんだ、と思った。
だけど、大好きなお笑いすらどうでもよくなるような、なんの躊躇いもなく自分の脚を切ってしまうような、そんなわたしがまた出てくるのが怖くて、抗不安薬を多めに飲んで、睡眠薬を飲んでの日々が続いた。

ある時、深夜にあの自分が出てきてしまった。薬を飲んでも不安なままだった。眠れもしなかった。もう何日もまともなご飯を食べていなかった。お昼ご飯に春雨スープだけは必ず食べてたけど、あとはもう経口補水液ばっかり飲んでいた。薬の効き方も弱かったのかもしれない。

深夜だから当然、彼氏にも連絡がつかない。申し訳ないながらも、遠方に住む実家の父親に電話をかけた。父親はすぐ電話に出ててくれた。そして、電話口で死にたい死にたいと喚くわたしを、怒らなかった。「こっち、一回帰ってこようか」と、言ってくれた。

休職、という手段は、そこで初めて知った。

次の日、睡眠不足とシンプルなエネルギー不足の中で無理矢理出勤したわたしは、入浴介助の最中で半分熱中症状態になり、主任に泣きながら謝り、そんなことがあったせいで施設長と面談をした。

施設長にも、父親と同じく休職を勧められた。
だけどこの施設が大好きでたった4ヶ月で離れるなんて、と言ったら、「じゃあ、今までの4ヶ月と、お休みする期間のそれ以上、ウチで一緒に働いていきましょう」と笑ってくれた。本当に良い職場だと思う。

そこからはトントン拍子だった。両親は帰ってくることで安心できるとすぐ受け入れてくれた。通っている精神科の先生も、休職には賛成だったから、診断書を出してくれた。

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ただそこで初めてうつ病だと知った 適応障害じゃなかったんかい わたし深キョンちゃうやんけと思わず笑った 以外と元気である

診断書を出してもらう時、休職期間を病院の先生と話し合った。「大好きな芸人さんがいるんです、9月19日にライブがあるんです、芸人さんがいまのわたしの生きがいなんです、だからそれまでには復帰したいです」とバカオタク丸出しで話したわたしに、先生は「健康だね」と笑った。なにわろてんねん、とちょっとムカついた。だけど期間は9月6日までにしてくれた。19日のキリンスーパーライブでの見取り図も見れそうだし、21日の札幌吉本月イチライブであるたちポンでつちふまズも見れそうだし、30日の札幌吉本芸人さんのコロネケンの単独ライブにも行けそうだ。
だけど、実家に帰るとなると8月17日のたちポンは行けない。大好きな三木さんから買ったたちポンのチケット。そのことを考えると、いつもの不安とはちょっと違う苦しさが、じんわり広がった。

病院の帰り、ロフトへ寄って、レターセットを買った。三木さんにファンレターを出そうと思った。とびきり可愛いのを買った。サンリオショップにも寄った。リリーさんのトレカを入れたくてチェキケースを見てたらサイズが合わなくて断念した。
どうせ1ヶ月休むなら、と思って、ドンキへ行ってピアッサーを買った。ドンキのトイレでそのまま軟骨にピアスを開けた。痛かったけど、あの日縫った傷よりは全然痛くなかった。自分の誕生日の色のファーストピアスにした。
遠かったけど、家具屋さんにも歩いて行って、漫画棚を買った。遠すぎて、歩きながら空気階段の踊り場を5回聴いた。買った漫画棚は3キロあったらしいけど、手持ちで持って帰った。
部屋を片付けたくて、3キロの漫画棚を抱えて100均へ行って収納グッズをたくさん買って、デカいリュックがぎちぎちになるまで詰めた。ドンキにいた頃は明るかった外は、もう暗かった。途中で無理矢理閉めたリュックのファスナーが開いて、ぼろぼろと中身が溢れた。拾ってる時、イヤホンからは『電話なんかやめてさ 六本木で会おうよ』と流れてきた。いまその選曲はやめてくれよと思った。ただ買いすぎて物を落としたひとなのに、まるで失恋した人みたいじゃん、とひとりで笑った。不審者。
それからセイコーマート(※北海道のコンビニ)を巡って、セイコーマート限定でコラボ中の北海道のボーイズグループ、NORDのステッカーを探して回った。

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3軒巡ってやっとあった 結局最寄りにあった

こんだけ動いたから、帰宅したら当然身体はクタクタだった。
てか、わたしマジで健康じゃん、と思った。
さっきお医者さんにムカついてごめんね、と思った。

だけど健康じゃないのは、こうやって書き表すこともできないような、自分でもわからないような、そんな心のもっと深い部分だから、いまは休んでいいんだろうな、とも思った。薬が効いていたから動けたわけで、じゃなかったら無理な身体だ。仕事なんてできっこない。していいわけない。そんな状態で、大好きな利用者さんとの生活はできない。

だから今はゆっくり休むことにした。
罪悪感、情けなさ、いろいろある。だけど、今回復しなきゃわたしはずっとこのままだと思う。それが1番嫌だ。
そう冷静に考えられた時、わたしのなかの、うつ病のわたしは少しだけ身を潜めたような気がした。

まずは癇癪で散らかした部屋を片付けよう。血まみれになったCreepy Nutsのラグも洗おう、そして実家に帰る準備をして、三木さんに出すファンレターを書こう。

こうやって自分の今まで、そして今の気持ちを書いたらなんだかお腹が空いてきた。昨日の夜から何も食べていない。さっきウォルトで牛カルビのビビンバ丼を注文した。何も入っていないお腹には胃もたれするかもしれないけど、それはそれで生きてるって感じだ。
帰ってきたらAmazonから届いていた空気階段の単独も見よう。

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お医者さんにも、趣味は自分の逃げ場になるから大切にしなさいと言われている

わたしは輪廻転生って本当にあると思っている。わたしの弟なんて、たぶん本当に上田現さんの生まれ変わりだと思う。( 『ゲン』( https://note.com/noornoting/n/n6d3ec63ba058 )という私の弟についてのnoteもよければ読んでください)
だから、死ぬことは人間を一旦おやすみすることだと思っている。

わたしは人間をおやすみしたい。したいけど、いまはまだその時じゃないんだと思う。思うしかない。思う。

休職手続きをして、社会人をおやすみする。
地元に帰って、親元で大人をおやすみする。
そしたらまた、たぶん、社会人の大人になれる気がする。

だから今は、ただゆっくり、なんでもない自分を愛してあげようと思う。自分のことなんて世界でいちばん大嫌いだけど、夢見た介護の仕事を、地元から遠く離れた札幌でしている社会人で大人の自分は好きだ。
でも今だけは、そうじゃない自分も、ちょっとだけ愛してあげたい。

ご飯を食べよう、DVDを見よう、薬を飲まなきゃ眠れないけど、頑張って寝よう。
おやすみなさい。

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