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「アイとアイザワ」第16話

これまでの「アイとアイザワ」

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新宿。言わずと知れた世界有数の繁華街である。歌舞伎町と聞くと夜のイメージが強いかも知れないが、昼間は一転して明るい活気に包まれている。綺麗な今風の映画館や、人気のアイスクリームショップ、ハイブランドの煌びやかなブティック。デートスポットと呼んでも差支えが無いだろう。愛はこれまで、出掛けるとしても神保町など本がたくさんある街ばかりで(新宿の紀伊国屋には何度か来た事がある。)新宿を練り歩くというのは初めての経験だった。「愛、まるでデートみたいですね。」というアイザワの音声が耳に届いた途端、愛は思わず飛び退いた。

「ば…ばかっ!これは…あれでしょ!?例の…ファーストフラグってやつを探してる…れっきとしたあれでしょ!?世界を救う活動!世の中のための!」

愛は、今にもアイザワを放り投げそうな勢いでたじろいだ。確かに愛は、これまで感じた事の無い多幸感に包まれていた所だ。これはきっと、夏の日差しのせいだけでは無い。

愛は膨大なー本当に膨大な量の本を読んでいるが、それを共有できる人間がこれまで居なかった。見えない同調圧力。それこそ高校生くらいの頃には、誰もが心当たりがあるかも知れない。友達と話を合わせるためだけに漫画を読んだり、ドラマを観たり…本当に好きな事を存分に語り合うためには、高校というコミュニティは小さ過ぎるのだ。普通、その状況は大人になれば改善するし、インターネットも発達している現代においては、ニッチな趣味であってもいくらでも同志が見つかるだろう。現に、愛は自分と同じように熱心な声優ファンをツイッターを通じて見つけている。しかし、やはり読書に関しては心から語り合える人間は現れなかった。これほどメジャーな趣味で、しかも読書を嗜んでいる生徒が多いであろう進学校でさえ、愛の圧倒的な読書量に付いてこれる人間は存在しなかったのだ。

新宿を歩きながら、愛はアイザワとの会話に夢中になっていた。愛が驚いたのは、単に読書量だけでは無い。アイザワは元々小説家を始めとした創作者の人生をディープラーニングして生まれた人工知能だ。つまり、作り手の側から小説を語る事ができる。この点において、アイザワの小説に対する理解度は愛の比較にならなかった。愛は初めて、小説について誰かに「質問」をする経験をしたのだ。それに対して、アイザワは実に紳士的に、愛の理解度を観測しつつ丁寧に持論を語った。愛は、小説でもよくある「このまま時間が止まればいいのに」に類型される恋愛における相対性理論の揺らぎを、実体験として理解できた。

愛は、ふとショーウインドウに映る自分達を見つめる。そこには、スマートフォンを手にした自分が立っているだけだった。でも、愛の頭の中には確かにアイザワは実像を結んでいるのだ。そもそも愛は声優ファンなので、声に恋するなど実に容易い事であったが、それよりも何よりもアイザワの言葉にアイザワの存在を確認していた。言葉を重ねる程に、愛の中でアイザワは確かなものとなっていた。その変化が、成長が、愛は堪らなく幸せだった。

「あーいー!!!」

賑やかな繁華街でも聞こえる声量で二人の世界に突如割って入ったのは、親友の花だ。そう、新宿には花も含めた3人(アイザワを含む)で来ていたのだった。

「ほい!アイスだよ!ポッピングシャワーとラブポーションと大納言あずきか、ジャモカコーヒーとナッツトゥユーとクッキーアンドクリーム!!」

「何て?」愛は大納言あずき辺りですでに聞き取るのを諦めていたが、花は御構い無しに続ける。

「どっちがいい?」

「…あー…じゃあ…こっち。」

「ジャモカコーヒーとナッツトゥユーとクッキーアンドクリーム、だね!ごめんね、アイザワ君は食べられないけど…。」

「花さん、お気遣いなく。私は視覚情報からフレーバーを数値化する事ができます。カロリーもバッチリ測定できますよ。お聞かせしましょうか。」アイザワは得意げに答えて見せた。

「あっあー!大丈夫!言わなくていいっ!」花は耳を塞ごうとしてアイスを落としかけた。これはアイザワお得意のAIジョークだと、愛は分かっている。愛達は、どうしても花に事情を説明して家を連れ出さなければならなかった。

花の自宅での出来事。NIAIの所長こそが、アイザワの分身である人工知能(便宜上、愛達はアウトサイダーと呼んでいる)である説を愛が唱えた。それからアイザワは花の自宅を改めて調べた所、警備システムにNIAIと同じ企業からの資本が入っている事が分かったのだった。要は、花の自宅はNIAIに筒抜けだったという事。まるで愛とアイザワが来る事を先読みしたかの様に、監視の目が仕掛けられていた。こんな芸当が出来るのは、アイザワと同様に未来予測ができる存在しか有り得ない。これで、NIAIの所長が人工知能である説は極めて有力となった。

整理すると、状況はこうだ。

アイザワと、アウトサイダー、二つの相反する目的を持つ人工知能。元々は一つだったはずが、何かをきっかけに分離した様だ。未来予報を人類を救う事に使いたい正義の人工知能がアイザワで、それを支援する生身の人間が愛(と花。)だ。一方のアウトサイダーは、動機は不明だが未来予報で判明した通りに人類を世界大戦まで誘おうとしている悪の人工知能で、それを支援する生身の人間が山田所長代理を始めとするNIAIだ。

相反すると言っても、正面から戦う訳にはいかない。アイザワが鋼の肉体を持つサイボーグならまだしも、外観はただのスマートフォンである。地面に落としただけで、たちまち壊れてしまうだろう。アイザワは戦う術を持たない。フラッシュトークも、いつまで通用するか分からない。フラッシュトークの概要を把握しているNIAIなら、すでに対策を講じていても不思議では無かった。そこで未来予報の出番である。アイザワは以前、愛に解説した。エンドフラグを回収すれば人類は世界大戦を回避できると。そして、そのエンドフラグを回収するためには、幾つか(具体的な数は不明)のフラグを回収していかなければならないのだ。

そのフラグが一体どんなものなのか、愛達はまだ知らない。唯一分かっている事は、新宿の歌舞伎町で1つ目のーいわゆるファーストフラグが発生するという事だけだった。

あてもなく2時間は歩いただろうか。愛は休憩を提案した。愛は、アイザワの口ぶりを真似て「スタバ行きたい」と言って見せた。

アイザワは照れもせず、冷静に近隣で空席のある喫茶店をレコメンドしてくれた。愛は、まるでsiriみたいに素っ気ないなと思った。


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