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この秋はトーベ・ヤンソン! 映画x評伝x自選短篇集

以前こちらのブログで、訳書『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』についてご紹介させていただきました。自伝的要素が多く詰まっていて、「トーベ・ヤンソンってどんな人間、そして芸術家だったのかな?」という好奇心を満たしてくれる作品でした。

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そんなトーベ・ヤンソンの半生を描いた映画『TOVE』が、日本では10月1日に公開になります。

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映画『TOVE』公式サイト

わたしはこの春、一足お先にスウェーデンでこの映画を観てきました。ただ日本語の字幕にも興味があったので、その後、日本版の試写をオンラインで拝見させていただきました。なるほど、セリフとはこうやって訳せばいいのか……と大変勉強になりました。外国語を日本語に訳すという点では本も映画も同じとはいえ、本の場合セリフというのはところどころに出てくる程度。一方、映画というのは基本的にセリフのみで成り立っているので、短い発言のひとつひとつで性格や気持ちを表現していくという濃密さがありますね。

映画はフィンランドが舞台ですが、トーベ・ヤンソン自身がフィンランドに住むスウェーデン語話者であったことから、映画のセリフはほぼすべてスウェーデン語でした。トーベとその両親はもちろん、代々の恋人や友人たちもスウェーデン語話者であったことがうかがえます。フィンランドでは現在もスウェーデン語が公用語に指定されていますが、母国語とする人たちは人口の5%ほどだそうです。

ちょっと面白いなと思ったのは、スウェーデンで上映されていた映画にスウェーデン語の字幕がついていたことです。「スウェーデン語の映画なのに、なぜ字幕が?」と思ったのですが、始まってみると字幕があって助かりました。というのも、フィンランドで話されているスウェーデン語というのは独特の方言なのです。慣れていないとすべて聴きとるのは難しく、わたしは字幕があって助かりました。

ただ、登場人物の中には“スウェーデンで話されるスウェーデン語”を話している人もいました(そういうディテールまではさすがに字幕では伝えられないですよね)。たとえばトーベのお母さん。というのも彼女はスウェーデンで生まれ育ったスウェーデン人。スウェーデン語話者でフィンランド人であるトーベのお父さんと結婚してフィンランドに移り住んだので、映画の中でもスウェーデンのスウェーデン語で話しています。ちがう国に移り住んでも、自分の母国語が使えるというのは羨ましいというか、日本語が母国語のわたしには想像しづらいシチュエーションです。

お母さんがスウェーデン出身だった縁で、トーベも子どもの頃によく母方の親戚を訪ねてスウェーデンに来ていました。お母さんのぶっとんだ……あ、いや、個性豊かな弟たちについてのエピソードが、『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』の「我が愛しき叔父たち」に詳しく描かれています。また「カーリン、わたしの友達」ではドイツ人の牧師さんと結婚してドイツに暮らしている伯母さん一家の話も出てきます。この家族もまた別の意味でぶっとんで……ええと、かなり独特で、個人的にも大好きな一篇です。

挿絵画家の母親、そして彫刻家の父親がトーベ・ヤンソンの創作活動に大きく影響を与えたのはもちろんですが、代々の恋人たちも大きな役割を果たしています。トーベの恋人としてよく知られている方は5人いるのですが、若い頃の恋人だったのが絵画の師でもあったサム・ヴァンニ、そして美術学校の仲間だったタプサ。この二人は映画では恋人としては出てきませんが、短篇集では若い頃の思い出を綴った作品に登場しています。映画ではその次の恋人、フィンランド文学界の大物で、政治家でもあったアートス・ヴィルタネンとの出会いが描かれています。さらには、市長の娘で舞台演出家のヴィヴィカ・バンドラー――彼女との出会いと恋愛は、映画の中でもっとも強烈な印象を受けました。トーベの同性の恋人というと、生涯連れ添ったトゥーリッキ・ピエティラのほうが有名で、夏の孤島での暮らしなど、二人の素敵な関係について目にする機会が多いですよね。一方、ヴィヴィカについてはこれまであまり詳しく知らなかったので、この映画を通じて人間味あふれる彼女の魅力を感じることができました。

映画を観るにしても、短篇集を読んでいただくにしても、トーベ・ヤンソンの人生とそこに登場する人々のことを知っておいたほうが何倍も楽しめると思います。わたしも翻訳に当たって、日本語に訳されている評伝を2冊読みました。どちらも非常におすすめです。

『ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン』(トゥーラ・カルヤライネン著、セルボ貴子・五十嵐淳訳、河出書房新社)

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そして、『トーベ・ヤンソン──仕事、愛、ムーミン』(ボエル・ウェスティン著、畑中麻紀・森下圭子訳、講談社)。こちらはなんと10月にフィルムアート社より復刊するそうです! 写真にあるのは英語版の表紙ですが、日本語版の表紙はどうなるのかな? 楽しみです!

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https://twitter.com/filmartsha/status/1432641979762950151

その他にもこの秋にはトーベ・ヤンソン関連のイベントが色々とあります!

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まず、9月9日刊行『本の雑誌』460号2021年10月号で書評家の♪akiraさんが映画と短篇集をご紹介くださいます。

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また、北欧語書籍翻訳者の会の仲間でフィンランド語翻訳者の上山さんにお声がけいただき、クラブハウスの「フィンランドをもっと好きになる」で、上山さん、そして評伝『ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン』の共訳者でもあるセルボ貴子さんと一緒にトーベ・ヤンソンについてお話をさせていただきます。日時:10月17日午前0時(日本時間)

さらに現在、映画x評伝復刊x自選短篇集のトリプルコラボなスペシャル・トークショーの企画も進行中です。どうぞお楽しみに。

わたしもこの秋、改めてトーベ・ヤンソンの魅力に浸りたいと思っています。

文責:久山葉子

1975年生。神戸女学院大学文学部英文学科卒。2010年よりスウェーデン在住。著書に『スウェーデンの保育園に待機児童はいない』(東京創元社)。訳書に『こどもサピエンス史』(ベングト=エリック・エングホルム著、NHK出版)、『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』(フィルムアート社)、『許されざる者』(レイフ・GW・ペーション著、創元推理文庫)、『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン著、新潮新書)、『北欧式インテリア・スタイリングの法則』(共訳、フリーダ・ラムステッド著、フィルムアート社)など多数。

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