ボレロ

三題噺
『ボレロ、アラセツ、恋話』


今、遅い曲と速い曲の選曲で迷っている。
ラヴェルの『ボレロ』を対に挙げる曲が、どうにも。
ミニマルテクノのジェフ・ミルズとなってしまう。
無理もない。

イワキチさん、デンマシさん、シゲゾウおじさん、ケイジロウ兄、いつも継がれた踊り歌ならば、何世代と飛び越える大それたミックスも今日のようにあるのだろう。
オーケストラの演奏とジェフ・ミルズのミックスが60年を隔たろうと、サエ姉さんにとっては、それ以上の年月も踊り歌へ手掛けた手熟のひとつと数えるのだ。

9月6日の金曜日夜、アラセツ踊り。
5曲目で踊った『あがんむら』は次へと継がれる通過点でしかない。
要は、その日の『あがんむら』が、たまたまそうなっていただけだ。


『ボレロ』


『Changes of Life』


おもむろに、サエ姉は立ち上がった。
ボレロはジェフ・ミルズへとミックスされた。
ひと回り歳下の、名前が同じサエさんより島太鼓を受け取って、一定のテンポ、ボレロのような『あがんむら』と合わせて鳴らしていた。

太鼓を鳴らし続けた
残る歌詞は男女お互いに3番ずつ
終わる
歌は終わる
アラセツ踊りは終わってしまう
せっかくなのに
せっかくサエ姉の太鼓が鳴っているのに
そう思っていた
場の誰しもそう思っていた
でも
サエ姉は
ボレロの速さを自ら引き寄せ
鳴らす
速さを操る
速さは増す
もっと増す
もっともっと増した
もっとも
歌っている男性陣
わたしたちの歌詞
残り2番ずつの踊り歌
もつれないように
この場の誰しもこの場で食らいつけるように
サエ姉は速さを見極めていた
節度をわきまえていた
限界を知っていた
もう
今ではもう
速さを上げ続けた今ではもう
サエ姉の歌が追いかける今では
残り1番ずつの歌詞を打ち出す今では
一定のテンポで終わるはずだった『あがんむら』は
ボレロの『あがんむら』は
最後を猛烈に輝かせた
サエ姉1人の手で
太鼓で
歌で
信頼で
期待で
終わる
あっという間に追い越した
男女お互い3番ずつだった歌詞
この場を食らいついた踊り
灯は一瞬だけを輝かせて消えていた
一瞬で消えていた

一瞬で消えていた。




2006年から2008年まで、3年間行われた奄美皆既日食音楽祭は2009年皆既日食当日へのプレイベントとして始まりました。

わたしの記憶はプレイベントの3年間で満足を得た程度に不確かな断片であって、『踊るあなた』を演じた女性への叶わぬ恋でした。
女性は過去記事に何度か登場させていただきましたが、実のところ、互いが互いの存在を忘れています。

一人遊びの人形とも、その延長にもならず。
何も変わりません。
エレン・エイリアンと似ていたかもなという記憶の断片で残っています。

わたしは八月踊りの恋をこのような言葉で表します。
灯火が消える輝きに憧れた、と。

きっと、サエ姉が、わたしたちの集落で最後の女性打ち出しとなるのでしょう。
冒頭、『あがんむら』という曲目で自在な速さの太鼓を操ったサエ姉の風跡が、今後どのように継がれるのか、もう想像も及びません。
本来ならば、わたしたちと若い世代の出発点になるはずでした。

絵空事の恋が目指す最後は、ロマンスです。
86歳のサエ姉と76歳のケイジロウ兄が二十歳頃の恋歌を掛け合えるような、こんなロマンスです。

『あがんむら』は恋病みを歌い、『玉乳くわ』になれば勇胆さを歌う。
『あがれ立雲』と例えた乙女心は、『ふうめらべ』とも惹かれる青年の胸中へ。
『しゅんかねくわ』の歌喧嘩を添えて、『西の実久』も風凪ぐまで。

わたしは灯火が消える輝きを見ました。
それだけは、確かなのです。




次回予告。

20190915『
20190916『末永く、あなたの人生を
20190917『電グル姉さんとサエ姉チエ姉

『月』『詩』
『親』『子』
『鉄』『熱』

月、親、鉄
月、親、熱
月、子、鉄
月、子、熱
詩、親、鉄
詩、親、熱
詩、子、鉄
詩、子、熱

月、子、熱
詩、親、熱

また明日。


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