準々決勝の審査にいくつかの疑問あり。他に上げるべきコンビはいなかったか

 準々決勝の配信動画を見ておいてよかった。準決勝進出者が発表されたいま、筆者が思う一番の感想はこれになる。M-1グランプリ2022の話だ。

 今回、準決勝に進出したのは27組。準々決勝で敗退したグループから「GYAO!ワイルドカード」による1組の復活枠がまだ残ってはいるが、そこで復活したグループが決勝まで進んだ例は過去に一度もない。誰が復活しようと、可能性は限りなく低い。今回のファイナリスト、並びに優勝コンビは、先日発表された27組のなかから生まれる。そう言い切っていいだろう。

 思い出すのは1年前。前回の準決勝進出者が発表されたとき、少なくともその25組の顔ぶれに対して、特段大きな驚きはなかった。オズワルド、見取り図、ニューヨーク、ハライチ、アルコ&ピース、インディアンス、ゆにばーす、アインシュタイン、錦鯉、ランジャタイ、東京ホテイソン等々、前評判の高かった人気コンビの多くは、ほとんど漏れることなく準決勝までは勝ち残っていたからだ。昨年の準々決勝の戦いは見ていないので、その内容についてこちらは知る由もないが、少なくとも選出された顔ぶれに対する不満は全くなかった。その25組(ワイルドカードで復活した滝音を加えると26組)によって争われた準決勝の戦いも上々。むしろサプライズだったのは、ファイナリストの顔ぶれだった。真空ジェシカ、モグライダー、もも、ロングコードダディなど、決して下馬評の高くなかったコンビの多くが、前述の有力候補を多数退け決勝に進出。優勝したのは錦鯉だったが、決勝戦における上記の初出場組の活躍も、こちらにはとりわけ印象に強く残っている。

 前回大会の満足度がかなり高かったので、今回、筆者は準々決勝の戦いにも目を凝らしたくなった。そして実際、有料配信ではあるが、4日間に分けて行われた準々決勝、全117組のネタを、ひと通り鑑賞してみた。

 準決勝に進出しそうなのはどのグループか。自分が審査員なら何点を付けるか。近い将来のブレイクの片鱗を感じさせるのは誰か。そんなこんなを考えながら賞レースの予選を見るのは、僕は決して嫌いではない。少なくとも今回は、その金額に見合うだけの満足感を得ることはできた。

 だが、それと今回の準々決勝の審査結果に対する納得度とは、全く違う話になる。実際の戦いぶりを見ていなければ抱くことはなかったであろう、いくつもの突っ込みどころが目につく。10人いれば10通り、100人いれば100通りの27組があることは承知しているが、今回の27組に対するこちらの納得度は低い。早い話がそうなるわけだ。

 準決勝進出グループが発表される直前、一応筆者も、その合格者をある程度予想はしていた。こちらが予想したグループで今回、実際に準決勝へ進出したのは、27組中の13組。その的中率は50%にも満たなかった。ただ、今回の27組を100%予想することは、どれだけ眼力がある人でもおそらく不可能な芸当だろう。お笑いとはそういうものだ。70%でも難しい。結果が発表された直後、世間でもある程度ニュースになっていたが、言わばそれだけの波乱だったというわけだ。準々決勝をこの目で見たこちらも驚いたのだから、見ていない人もおそらくそれ相当にビックリしたものと思われる。

 では、その敗退が驚きだったのはどのコンビだったのか。

 モグライダー、ランジャタイ、インディアンス、ゆにばーす、EXIT、見取り図、Aマッソ、コロコロチキチキペッパーズ、阿佐ヶ谷姉妹、アインシュタイン……。ポータルサイトでよく名前が挙げられた主な敗退コンビは上記のコンビになる。過去のファイナリスト及び、テレビなどでよく見かける全国クラスの人気コンビ。この中で特に世間的にもその敗退が衝撃だったのは、おそらく見取り図だろう。2018〜2020年に3年連続で決勝に進出した、いまや言わずと知れた人気実力派コンビだ。最高成績は最後に決勝に進出した2年前の3位だが、そのとき優勝したマヂカルラブリーとの差は、わずかに1票だった。審査員が違えば、もしかしたら結果は変わっていたかもしれない。そんな優勝に限りなく近づいた経験を持つ今がピークの旬なコンビが、この準々決勝で消えることを予想した人はどれほどいただろうか。

 しかも2007年結成の見取り図にとっては、今大会がラストイヤー。M-1優勝への、これが最後のチャンスだった。確かに、ネタの出来はそれほど良かったわけではなかった。ミスも目についた。優勝候補に推されるコンビとしては確かに物足りなかったのかもしれない。だがそれでも、さすがに準決勝までは通すものとこちらは思っていた。忖度のない審査と言えばそれまでだが、その容赦ない判定が多くのお笑いファンを驚かせたことは事実。近年のM-1を沸かせてきた功労者の最後はあまりにもあっけなく終わった、そんな感じだ。

 だが僕には、そんな見取り図よりもその敗退に驚いたコンビがいる。見取り図も出場した準々決勝3日目(大阪)。そこで個人的に一番と言いたくなるくらい面白かった滝音の落選には、正直目を疑った。見取り図の落選はまだ分かる。ある程度は飲み込むことができる結果ではあるが、滝音まで落とすとなるとさすがにそうはいかない。審査員及び、その審査基準に疑問を覚える。詳しい審査内容の開示を求めたくなる。繰り返すが、この3日目に出場した全39組のなかで、こちらが最も笑ったネタを披露したコンビだ。ネタの終盤わずかに落ち着いた感じもあったが、それを差し引いても、今回の上位27組に入るには十分な内容だった。

 そんな滝音の落選に驚いた理由はもう一つある。準々決勝3日目の大阪会場。その最初の合格コンビが、39組中22番目に登場した女性コンビ、ハイツ友の会だったことだ。

 ハイツ友の会がつまらなかったと言っているわけではない。準決勝に進出してもおかしくない、十分面白いネタだった。だが、彼女たちがそれまで登場した22組の中でダントツに面白かったかと言えば、それは難しい話になる。ハイツ友の会よりも前に登場した見取り図やヘンダーソン、そして滝音が今回落選したということは、6名の審査員(放送作家やテレビ局のお偉いサン)がそれぞれ100点満点で得点をつけたその合計点による審査で、ハイツ友の会がその時点における「暫定1位」だったということが判明する。また、その次の次(24組目)に登場した、これまた有力候補だったラストイヤーの金属バットも落選。そのネタは決してそれほど悪くなかった。ハイツ友の会と、出来栄えはほぼ同じくらいだったとはこちらの見解になる。上記のコンビも含め、このなかで唯一ハイツ友の会だけが勝ち上がったことに、個人的には疑問を感じる。滝音か金属バット。せめてこのどちらかは上げるべきではなかったか。

 同じ大阪会場で言えば、コウテイの当選も、その納得度は決して高くはない。個人的にそのネタはあまり面白く感じなかった。また、彼らと同じくらい納得度が低いのが、ビスケットブラザーズの通過になる。いま最も勢いのある、ご存知のようにキングオブコント2022の優勝コンビだ。だが少なくともその漫才は、得意のコントのレベルにはまだ達してはいない。つまらなくはないが、漫才師らしいムードを感じないのだ。その点においては、かつてのキングオブコント王者・かまいたちの方が数段上だ。ネタは率直に言えば物足りなかったが、現役のキングオブコントチャンピオンをさすがに準々決勝で落選させるわけにはいかなかったのだろう。忖度というか、なんとなく“配慮”が働いたというのが率直な印象になる。

 一方で、大阪の通過組で個人的によかったのは、さや香、カベポスター、ロングコートダディ。また次のネタも見たくなるような、文句なしの合格だったと思う。

 続く最終日、準々決勝4日目(東京)でも、サプライズは多発した。なかでも一番驚いたのは、ゆにばーすの落選だ。これまでに3回も決勝に進出した経験を持つ、前回ファイナリストの男女コンビ。そのネタを手がける川瀬名人は「M-1優勝」を公言するほど大会に懸ける熱量を持つ、特別感とカリスマ性漂う芸人だ。そんな芸人が準々決勝で敗れることは、そのプライドに大きな傷がつくことを意味している。その落胆たるや、ただ事ではないはずだと僕は思う。

 ゆにばーすのネタは決してそれほど悪くなかった。数年前から、コント系の漫才から、男女コンビの関係を活かしたしゃべくり系の漫才にシフトチェンジしているが、今回準々決勝で披露したネタは、昨年の決勝で見せたネタよりも個人的には面白かったと思う。この準々決勝4日目に出場した39組中、合格したのは10組だが、少なくともそのなかには十分入れる出来だったとはこちらの見立てだ。この出来栄えでの落選はさすがに酷。ゆにばーすの肩を持つわけではないが、思わずそう言いたくなる。少なくとも今回通過したミキより確実に上回っていたと思う。

 その他にも驚きはいくつかあったが、内容を見れば、結果はそれなりに妥当なものと言えた。東京ホテイソン、トム・ブラウン、インディアンス。ファイナリスト経験のあるこれらのコンビの落選には、特段驚きは感じなかった。右肩上がりというか、新しい何かをこちらに見せつけることはできなかった。良くて横ばい。その落選は極めて妥当だったと言えるだろう。EXITや納言は単純に力不足。少なくとも現状ではこの準々決勝の壁を越えそうな気配は全くしなかった。

 惜しかったのはモグライダーとシシガシラ。前者は今年ブレイクした前回のファイナリスト。後者は最近ネタ番組などで活躍が目立っている、ファイナリスト候補との呼び声も高かった知る人ぞ知る実力派コンビだ。両者ともネタは面白かったが、今回は運悪く落選の憂き目にあった。言い換えれば、余力を感じる期待の持てそうな散り方をした。次回の巻き返しに期待したい。

 優勝候補の本命・オズワルドも十分面白かった。準決勝進出は確実と言いたくなるくらいには。だが、決してそれほど圧倒的というわけでもなかった。少なくとも「オズワルド絶対」というほどではない。他のコンビにも付け入る隙はあると見る。

 準々決勝1日目と2日目の感想は前回この欄で少し述べたが、審査結果が発表された後となると、改めて言いたいことは当然ある。まずは1日目。コットンの落選は正直筆者にはもったいなく見えてしまう。あのレベルの漫才で準決勝に残れなければ、彼らはどうすれば通過できるのか。ネタに無駄は一切ない。その実力はすでに一級品だ。先月のキングオブコント決勝で、彼らの力は十分証明されたはず。王者ビスケットブラザーズよりも上げるべきは準優勝コンビの方だったとは、率直なこちらの意見になる。

 続いて2日目。この日の通過したコンビに不満は全くない。いずれのコンビも準決勝に進出してもおかしくない出来だった。唯一、THIS IS パンのネタだけはいまひとつに見えたが、彼らのポテンシャルを考えれば、通過させてもおかしくはない。数少ない男女コンビの一組でもある。準決勝での活躍を期待したい。

 Aマッソ、ダイタク、阿佐ヶ谷姉妹らの敗退は妥当。率直に言って、ネタはあまり面白くなかった。そんな準々決勝2日目の結果で一番の驚きは、ランジャタイの落選に他ならない。この日出場した23組の中で1,2を争う爆笑を攫った彼らをなぜ落としたのか。理解に苦しむ。

 ランジャタイが突如大きくスタイルを変えたのであれば、落選も理解できる。だが彼らのスタイルは、少なくとも筆者が初めて目にした数年前から全く変わってはいない。「よくわからないが、やっていることはなぜか面白い」。この準々決勝でも俗に言う「ランジャタイワールド」全開だった。昨年は準決勝を通過し、初の決勝へ進出。結果はダントツ最下位に終わったが、それでランジャタイの評価が下がることは全くなかった。むしろ逆。その最下位はある意味彼らにとっては勲章と言ってもいいくらい、価値のあるものになった。昨年の決勝を見ながら「次回(来年)は絶対にもっと良い結果を出せる」と、筆者はランジャタイに大きな期待を寄せたものだ。しかしそんなランジャタイも、実は今回がラストイヤーだった。この落選により、ランジャタイのM-1は終戦。決勝の舞台でリベンジする機会を完全に失った。「マヂカルラブリー」になることはできなかった。

 多少大袈裟に言えば、漫才の歴史さえ変えそうなネタをするコンビだ。そんな独自の色を燦然と輝かせる革新的なコンビを、こんなにあっさりと落としていいのか。繰り返すが、ネタは十分面白かった。少なくとも準決勝に行かせるには十分なものだったとはこちらの見立てになる。前回決勝まで行かせたのだから、相当つまらない限りは、少なくとも準決勝くらいまでは行かせてやるべきではなかったか。繰り返すが、新しい漫才のスタイルを見せたコンビ、お笑いの可能性を広げてくれるようなネタをするコンビだ。M-1で世界をひっくり返すチャンスを失ったランジャタイは、はたして今後どのような芸人人生を歩むのか。芸人界隈では「天才」とも言われるこのコンビを、周りがこのまま放っておくとは考えづらい。M-1を卒業した彼らが芸人としてどんな階段を昇るのか、今後の活動に目を凝らしたい。

 番狂わせの嵐が吹き荒れた今回のM-1準々決勝。準決勝進出コンビについてはまた近日中に述べると思うが、この時点ですでに、今年のファイナリストの顔ぶれが大幅に刷新されることは決まったもの同然の状況にある。どんな顔ぶれになるのかはわからないが、大会成功の鍵を握るのは、戦いのレベルの高さに他ならない。多くの有力候補を落とした今回は、「常連組よりも新顔の方が大会のレベルは上がる」と審査員が判断した。そう言い換えることもできる。大会に「新しい血」をたくさん入れようとしているわけだ。

 今回の準々決勝の審査は正しかったのか否か。それが分かるのは10日後。11月30日(水曜日)に行われる準決勝の戦いに目を凝らしたい。


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