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ナラ枯れのメカニズムと対策 —意識的に「快適ゾーン」の外で議論したい

セミナーシリーズ「続・広葉樹は雑木ではない」の最終回は、日本の里山でここ数十年、問題になっている「ナラ枯れ」について、長年研究されている岐阜県森林研究所の大橋章博さんに話していただきます。

2月2日 17:00-19:00
「ナラ枯れについて考える」
大橋章博さん
https://koyoju2-6.peatix.com/view

ナラ枯れの直接的な原因は、カシノナガキクイムシとこの昆虫が持ち込んでくるナラ菌であることが、科学的に解明されています。温暖な地域で、直径の太くなった樹齢50年以上の木が被害を受けやすいこともわかっています。

これら科学的な事実や防除法ついては、大橋さんから、素人の視聴者にもわかりやすく、解説があると思います。一方、気候や大気汚染、酸性雨、土壌環境との因果関係など、科学的にまだ解明されていないこともあります。

私が興味があるのは、科学的に解明されていないことです。仮説に基づいていくつかの場所で実験的に行われている、土壌への「炭まき」による酸性雨被害(樹木のバイタリティ低下)の緩和や、土中の地下水脈の変化との関係性です。

わかっていること(科学的事実)を示して、それに基づいて、考えられる対策を提案することは、科学の大切な役割ですが、わかっていないことに対して、ときには大胆に仮説を立てること、その解明のために観察や実験を繰り返していくことも、科学の使命であり、魅力だと思います。ですが公の場においては、科学者の多くが前者の役割に偏りがちです。それが確実な「快適ゾーン」だからです。後者の使命の領域は、「快適ゾーン」の外です。魅力的で刺激的ですが、未知の世界であり、不確実で、リスクも潜んでいます。

大橋さんのレクチャーのあとに20〜30分、私が質問を投げかける形でのトークセッションがあります。そこでは意識的に「快適ゾーン」の外で話をしたいと思っています。

人間は、目に見える部分で自然にダメージを与えていますが、目に見えない土中でも、地下水脈の変化などを引き起こしています。私が森林学を学んだドイツ・フライブルク市の西側の平地には、ミズナラ主体の元湿地林がありますが、隣接する工業団地で高度経済成長期以来、大量の水が使用されるようになってから、地下水位が下がり、樹木のバイタリティ、成長量が低下していることが研究調査で確認されています。弱った樹木は虫や病気にやられやすくなります。

人間は、問題に目が行きがちで、その対症療法に集中しがちです。一方で、森林の健全な環境を維持し、もしくはそれに戻す努力をし、個々の樹木のバイタリティを高めることも、即効性は少ないかもしれませんが、重要な予防法です。人間でいえば、毎日、体を動かし、バランスの良い適度な食事をし、自然や人と共鳴する生活をすることで、精神と身体を健康に維持し、様々な病気を予防することです。

過去3年間の世界のコロナ禍マネージメントでは、マスクやソーシャルディスタンス、ワクチンといったわかりやすい対策は「連帯的」な行為として高く評価されました。一方で、社会に見えにくい個々人の意識的な健康生活の努力に関しては、予防、抑制効果があることが科学的にもある程度説明できる、同様に「連帯的」な行為と捉えることができるにも関わらず、公的な議論でほとんど見向きもされませんでした。

誤解がないように。私がやりたいのは、白か黒かの議論ではありません。快適ゾーンを意識的に出て、偏ったものに再びバランスを与えることに、少しでも貢献することです。

人間の活動によって地下水位が低下したフライブルクの元湿地林では、80年代終わりから、大量の水を使うタバコのフィルター工場が、市と共同で、使った工業用水を浄化して、人工的につくった水路で森に分散して戻す、ということをやっています。ただし実際に地下水脈に辿り着く水は、そのうち40%くらいで、すべての森林面積に行き渡ってもいませんが、約600haの森林が再び元の湿地に近い状態に戻り、その部分で森が健全になり、生物の多様性も増加しています。




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