見出し画像

存在しているだけで圧がある

存在しているだけで人に圧を与えることはある。僕の場合、「サハラ走ってる」「いつも元気そう」など印象強い。だから、きっとSNSでみている人も「今井さんって近寄りがたい」とかあるし、今井さんの投稿は熱いからいやだ、みたいな感情ってきっとあるよなーといつも思ってる。いつもポジティブだし、うざいかもしれない。

きっとそれは僕の起業家としての要素だ。ただ、支援者としての自分と起業家としての自分はまったく違っていて、起業家としての自分の動きは確かに多動だし、圧あるだろうなーと俯瞰的にみていて感じてる。使命感を強く持っているからだろう、自分のNPOに対して。そうじゃないとNPOの起業家とか絶対にやっていない。寄付をいただいて経営するとか本当に大変だし、毎時間、毎日、毎年、この7年ぐらい安定も何もない。お金もない。それでも今関わっているひとりひとりの10代の高校生たちが希望を持って生きれるような状態になれることを一緒になってつくりたいと思っている。

だから、起業家としての自分は日常的な仕事をこなしてあらゆることを試している。日々チャレンジしていくしかない。きっとそういう意味では「この人、近寄りがたい」とは思われているだろう。

でも、支援者としての自分もいる。常に僕は自分の時間、高校生と関わる時間を持っている。ご飯をつくる、相談に乗る、仕事紹介する、人を紹介する、親の相談にも乗る。空気を吸うように自然にやってきている。そのときの自分は言葉も変える。できる限り、自分という存在と彼らの波長を合わせるように、相談に乗りやすい状態とは何か、つながりが作れるとは何か、という視点に立って動いている。「否定せずに関わる」を実践しながら、関係性を作りつつ、一緒になってこれからの方向性をつくっていく。

どちらも自分。起業家と、支援者としての自分。たぶん、SNSでは起業家としての要素の方が強く、強く出ているのだろう。というか、素の自分としてはその要素は大きいのだろう。でも支援者としての自分も捨ててはいけない、と常に思ってる。というか、支援者って言葉はあんまり僕に馴染まないのだが、高校生のサポーターとしての役割。つながりの継承って僕はnoteに書いているが、

これです。


大きなビジョンを持ちつつ、現場の視点を忘れない。このバランスが僕の思想やNPOとしての事業を最大化していると思っていて。ってか、そうじゃないとできない。NPOの起業家なんて。寄付型のNPOなんて。

だから、いつも圧はあると思う、勢いもあると思うし、きっと元気にやっています(僕にも弱い部分はもちろんあるけれど)。それでも日々、セーフティーネットづくり。

書きたくなったので、支援者としての自分と起業家としての自分のことを書いた。

あと、応援してくれる人はぜひクラファンに。僕たちが関わりを持っている高校生、ひとりひとりのために。頼む。


D×Pへの寄付も嬉しい!  http://www.dreampossibility.com/be_our_supporter