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イラン核合意交渉と原油市場の行方(4月の記事)

ブレント原油価格は昨年11月からおよそ70%上昇し、1バレルあたり60ドルを超え、コロナ禍以前の水準を取り戻した。投資銀行のゴールドマン・サックスは、原油需要の回復に対しOPECやIEAよりも楽観的な見通しで、夏までに日量200万バレルの需要が戻り、現在の過剰在庫は解消され、1バレル80ドルまで高騰するとの見通しを発表している。

ゴールドマン・サックス社が原油価格に強気姿勢であるもう一つの理由は、イランの核合意問題が数ヶ月以内に解消し、イラン原油輸出が短期的に市場に流入する可能性は低いと考えているからだ。現在米国の経済制裁下にあるイランの潜在的原油輸出能力は、およそ日量220万バレル(2016〜2017年の実績値、図参照)と目されている。仮にそれだけの量が一気に放出されれば、大きな価格押し下げ要因となり得る。

イランは2015年に米英仏独中ロおよびEUの間で締結された「包括的共同行動計画」、いわゆる「イラン核合意」によって、ウラン濃縮活動を一部制限することの見返りに、米欧諸国から課されていた経済制裁が解除されたが、2018年にトランプ大統領が一方的に合意を離脱して再び経済制裁を発動したことで、事実上原油輸出が不可能となっていた。実際、世界の公式石油統計を集約するJODIのデータベースでは、2018年8月以降のイラン原油輸出量はゼロとなっている(図)。


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イラン原油輸出の推移(JODIおよび各種報道より筆者作成)

米国のバイデン大統領は、前政権の外交方針を覆し、イラン核合意への復帰を目指すことを公約としている。バイデン政権は2月18日、トランプ政権が昨年9月に課したイラン国連代表部職員の米国内移動を制限する制裁を撤回すると発表。さらに、核合意復帰についての直接協議に前向きな姿勢を示した。しかし一方で、2月25日にシリアにおける親イラン武装勢力に空爆を行うなど、強行な姿勢も崩さず、イラン側は直接協議を拒否した。

結局、EUの仲介で4月6日からウィーンに関係国が集まり、米国とイランが直接対峙しない「間接的な協議」を行ったが、イランは協議継続中の10日、核合意で禁止されている新型の遠心分離機「IR6型」164機を連結したカスケードの稼働を発表。激しい牽制の応酬が続いた。

JODIの統計ではイランの原油輸出はないことになっているが、昨年一部拿捕もされたベネズエラ行きのタンカーの存在など、水面下の取引があることは度々報道されており、一定程度は輸出していると考えられる。

船舶自動識別装置(AIS)のスイッチを切り、沖合でタンカーからタンカーへ直接引き渡す「Ship to ship」というやり方を使ったり、シンガポールやマレーシアで他の原油と混ぜることで産地を偽装する(”シンマブレンド”などと呼ばれる)方法、あえて石油取引実績の少ない会社を経由することで追跡し辛くするなど、手段は巧妙化しており、全体の捕捉はむずかしい。各調査機関は様々な手段から輸出量の推計値を出しているが、その値の幅は大きい。

ただ、昨年後半ごろから輸出量が増えているらしいことは、市場関係者の中では一定のコンセンサスになりつつある。世界の重要な経済統計である石油流通の少なくない量が、非公式な推計値しか信頼できないという状態が続いているというのは、情報公開が前提の原油市場取引を歪める異常事態である。

イランの原油輸出が増えている一つの理由は、原油価格の上昇で、イラン産原油は市場価格から3〜5ドル割引されるため、原油価格が上がるほど引き合いが増えると言われている。

いくつかの機関の推計値によると、3月のイラン原油輸出量は日量100万バレルに達する(図)。これは、既に潜在的輸出力の約半分に達する。これらの取引に決済が伴っているかどうかは不明だが、経済制裁の効果がどんどん薄くなっていることは間違いないようである。

実際、筆者がイラン在住の知人に聞いた話では、経済活動は通常通り行われており、経済制裁の効果で疲弊しているという印象はないという。EU主導による協議で、制裁の段階的解除が行われるという楽観的なシナリオもあるが、交渉はイランにとってそれほど切迫したものではないため、ゴールドマンサックスが予想するように、時間をかけて米国の譲歩を引き出せるまでじっくり交渉する可能性が高いだろう。

もう一つ重要な動向は、最近のイラン原油輸出の殆どは中国行きと考えられていることである。最近では、ある月の中国の原油輸入量統計が減ると、その月は統計に乗らないイラン産原油輸入が増えたと噂されるほどである。

3月27日、イランを訪れた中国の王毅国務委員兼外相は、イランのザリフ外相と会談し、今後25年間にわたり経済や安全保障などの分野で連携を深める包括協定協定に署名した。協定の内容は明らかになっていないが、欧米メディアの報道によると、中国がエネルギーや通信分野などに約4千億ドル(約44兆円)を投資する見返りに、イランは原油やガスを中国に低価格で供給するという内容を含むと言われている。安全保障分野での協力も含まれているという現地報道もある。

米国がイランのウラン濃縮を制限するために、硬軟取り混ぜた様々な交渉を続ければ続けるほど、その背後で中国との連携を深めてしまうという皮肉がある。中東シーレーンという、日本経済の生命線の上で、米中の覇権争いが静かに進行している。この現実に、日本はどう対峙すれば良いのだろうか。

(EPレポートより許可を得て転載)

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