大家さん
1人暮らしを始めた最初の家は、古い文化住宅だった。
出かけるために洗い物を済まそうと、蛇口をひねったら、なんだか足元が冷たい。こぼした水を足で踏んでしまったかと思ったけど、ピンポイントに冷たいのではなく、だんだんと靴下が濡れていく感覚が足に広がる。
ー ん?
見ると、流し台の下枠から、水が少しずつ、流れ出て広がっている。
ー 水漏れやん!
私は、すぐに管理会社へ電話した。
しばらくすると、ドアをノックする音。管理会社の人が来たと思ったら、おじいさんが立っていた。聞くと大家さんだという。
大家さんとは初めて会ったし、おじいさんが「大家」としか言わないので、私は戸惑ってしまった。でもそのおじいさんは、私に構わず「水漏れしたんやて?」と言いながら中に入って行く。管理会社が伝えたのだろうと思い、私もそのままおじいさんについて台所へ向かう。
おじいさんは台所へ入ると、シンクの下の扉を開けた。そしておもむろにライターを取り出し、火をつけた。
ー ん? ライター?
おじいさんはライターを懐中電灯の代わりにして、シンクの下を覗いていた。私もおじいさんの後ろから除くと、シンクから下の排水に繋がるホースが、外れているのが見えた。おじいさんは「あー、このホースが外れたんやなあ」と言いつつ、飛び出ていたホースをもとの穴に戻した。
「これで大丈夫やで」と言って、そのまま去って行った。
事実、水漏れはなくなった。ともかく直ったわけだし、まあいいか、と私も出かけることにした。
で、いったい大家さんの名前は何だったんだとか、なぜライターとか、思っていたけど、その内忘れてしまった。
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