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「サイバー戦争」開戦の一日。

※以下の文章はフィクションです。

【その日は始まった】

いつものように仕事場に向かう。通勤でいつも乗る地下鉄が止まっている。駅の告知板には「復旧の見込みが立っていない」と書いてある。仕方がないので、会社に電話する。会社では、朝早くから毎日出ている同僚が電話に出た。

「今会社に来てもなにもできないよ」
「どうしたんだ?」
「会社のWebサーバー、業務用のデータベースサーバーのすべてが止まっているんだ。こちらも復旧のめどはたっていない」
「なんだ、開店休業か」
「そういうことだね。電話してきてくれて良かったよ。メールだったら届かなかった。メールサーバーも動いていない」
「なにがあったんだ?」
「インターネットにつながるルーターなんかもやられたらしい。というか、プロバイダ業者が落ちてるんだ。どこにもつながらない。電気は非常電源で動いてる」
「電気も止まってるのか!」

そう言われて、会社のホームページを見たら、「CONNECTION TIMEOUT」でつながらない。会社のシステムが落ちているというよりも、プロバイダまでもがつながっていないようだ。こうなるとスマートフォンも手足をもがれた状態、ってことになる。

「おい、うちのシステム管理はなにしてるんだ?」
「必死になって復旧まであれこれやっているらしいが、うちだけの問題じゃないから、復旧には時間がかかるってさ」

ここまで電話をして周りを見渡してみると、周辺の自分と同じ出勤途中の人たちとおぼしきみんながみんな、スマートフォンの中を見入っている。いつもと違うのはその目つきだ。みんな険しく、鋭くなっているのがわかる。どうやらどこの会社も同じように「やられた」らしい。プロバイダの某巨大電話会社がやられたんだ。影響は大きいだろう。そうか、地下鉄もそれで止まっているのか。。。

「とりあえず状況はわかったよ。家で待機してるよ」

そう、同僚に告げ、電話を切って、ぼくは駅から自宅に踵を返した。帰りがてら周辺を見ていると、どこも同じことが起きているようだ。

家に帰ると、妻が困った顔で出てきた。

「あなた、電気が止まってるし、水道も出ないの。あなたへの電話もつながらないから、なにかあったんじゃないかと心配してた。帰ってこれてよかったわ」

「まるで大地震のときみたいじゃないか。でも、あのときも日本の電気会社も水道局も必死になってすぐに復旧させた。今回も心配はないだろう」
「普通は停電とか断水、って事前に話があるわよね」
「だから、事故だろう。今も地下鉄が止まっていて、会社の仕事用のサーバーも止まってしまったんで、会社に電話してから、戻ってきたんだ」
「そう。今日はなんだかいろいろあるわねぇ。お昼までまだ時間があるから、ゆっくりしてたら?」
「そうはいかないよ。会社から連絡があったら、すぐにPCを立ち上げて、オンラインで仕事ができるところからしないといけないだろう」
「でも電気も電話も止まってるのよ」

そうだった、と思い出して、一瞬だが、途方に暮れた。しかたない、こういうときは普段溜まっている疲れを取るのが一番か、と思い直し、背広を脱ぐと、シャツ姿でまだ自分の体温で温かいベッドに再び潜り込んだ。
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昼頃になって、家の電話が鳴った。会社からかな?と思ったら、友人からだ。コードレスホンの受話器をベッドの中で取った。

「おい、大丈夫か?」

今日起きたことを話したら、彼のところでも同じだという。

「どうやら、日本中大混乱だ。」

そこで電話は切れた。電話網もおかしくなったらしいのが感じられた。

その日はそれで終わった。しかし、翌日も同じだった。出勤はできず、電話も使えず、電気も来ない。水道は復旧したようだ。

同じような日が3日めになったとき、私は会社に歩いて行くことに決めた。前に災害訓練で職場から自宅まで歩いたことがある。だいたい4時間で行けるはずだ。ルートはわかっている。

「じゃ、行ってくるよ」
「これ、持っていって」

電気もなにも動かないとなると、コンビニだって営業していないかもしれない。長時間歩いていくのだから、食べるものとか飲み物が必要だ。おにぎり4個と大きな水筒を妻は私に持たせてくれたのだ。ご飯は冷凍したものがあったので、それを使ったらしい。どうせ電気が来ていないのだから、冷凍庫のものはみんな勝手に「解凍」して、腐る一方のはずだ。

「炊いたご飯を冷凍しておいたの。でも、電気が来なければ腐るからね。おにぎりにしておいたのよ」

「君が食べるぶんはあるかい?」
「もちろん、取ってあるわよ。今日の私の朝食と昼食はおにぎり」
「水はどうしたんだ?」
「それ、作り置きしておいた麦茶。もう冷たくないけど」
「そうか」
「さっきご近所の方と話をしたら、明日の昼には水道が復旧するらしいわよ。だから今日は水は大丈夫」
「しかし、まるで小学生の遠足だな」
「懐かしがってないで、早く行ったほうがいいわよ」

私は自宅を出て、都心の会社に向かって歩き出した。

玄関の外では役所のクルマがスピーカーを鳴らして走っている。

「地域の皆様。ご不便でしょうがしばらくお待ちください。復旧には全力を尽くしており、今日夜には電気と水道は復旧の見込みです。お水が欲しい方は、本日13:00にこの地域に給水車がやってきますので、そこでお水をもらってください」

後ろを振り向くと、妻がこちらに向かって手を振っていたので、私も手を振って歩き始めた。地下鉄はまだ動いていない。

【なぜサイバー戦争なのか?】
かつて空母だ軍艦だ飛行機だという「兵器」は、なぜあんな高価なものを使ったかというと、その頃の戦争は国の政府どうしが「広大な土地の取り合い」をしていたからだ。なぜ、「土地の取り合い」をしたかと言うと、その土地から莫大なお金を生むことができたからだ。だから、大財閥もお金を出したし、外国から多大な借金をしてでも戦争をした。つまり、カネをかける価値があった。

しかし、現代の戦争では、土地の争奪をしたとしても、戦争で破壊された土地を復興させて「食える」ようにしたうえ、さらに「過剰な生産物」を生産できるようにするためには、莫大なお金がかかることがわかってきた。極端な話、日本が全部どこかの国に戦争で占領されたとしたら、福島の復興はその占領した国の支出でやらなければならなくなる。原発の廃炉費用も、だ。
戦争に勝ったとしても、そういうことにならざるを得ない。第2次大戦後に戦勝国を中心に「国際連合」ができたのも、「こんなバカな(儲からない)ことは二度とごめんだ」という事情による。第一次世界大戦後の「国際連盟」でも、その趣旨は同じだったが、そのときにはまだ「戦争をすると多大な経済的恩恵がある」と信じられていた、ということでもある。

戦争にお金がかけられるのは、その戦争でかけた以上のお金が勝った国の手に入るからだ。しかし、現代という時代は、国という地域政府の単位で使えるお金が世界的不況で減ってきている、という事情は、昔とは変わらないものの、戦争をすると、より経済が疲弊し、それで使われるお金を考えると、戦後復興の需要があったとしても、結局は収支はマイナスになる、ということもわかってきた。つまり、今の世界では、かつてのような「豪華な戦争」はできない。したとしたら、世界にもっと問題を増やし、戦勝国もそうではないところも、多大な損害を受けた地域が立ち直る力はない。

さらに、現代の戦争は多大なお金をかけた「核兵器」から「貧者の核兵器」と呼ばれるコストが劇的に低い「生物兵器」まで、厄介なものばかりだ。なにが厄介かというと、これらの兵器が使われた地域では、戦後の復興がなかなかできないのだ。チェルノブイリの原発事故や福島の原発事故を見ればわかる通り、放射能汚染された土地は非常に広い地域に及ぶだけではなく、そこに人が普通に暮らせるようになるまで、数十年、ときには数百年の時間がかかる。生物兵器の場合は、戦場以外への漏洩などの事故も十分に考えられ、戦争が終わった後も、大きなコストをかけてこれらの残渣を管理する費用がかかる。しかもその費用は小さなものではなく、非常に大きなものだ。この費用も考えに入れると、これらの兵器を使って戦勝国になったからといって、かんたんには喜ぶことはできない。であれば、現代の戦争はお金をかけずにやるしかない。また復興もできるだけ少ないお金でやらざるを得ない。つまり、戦後の厄介事をできるだけ少なく、効果の高い(=戦争にかけたコストをできるだけ低く、戦後復興なども含めたその後の費用もできるだけ少なく)戦争をし、戦争の効果の高い兵器を使うしかなくなる。だから現代の戦争は「サイバー戦争」にならざるを得ない。

【「支配する」ということ】
「戦争」というのは「国」という単位で行われてきた。そして、国とは簡単に言えば「地域の政府」である。戦争の目的は、戦う相手の地域を自分の国の地域とすること。重要な資源は鉱物資源であったり、エネルギーであったりするわけだが、なによりも大きな資源は「人」である。人は掘れば価値が出て来る、というものではなく「言うことを聞かせる」必要がある。言うことを聞かせれば、そこではじめて価値が出て来る。だから、戦争の目的は「敵の戦意を失わせること」であって「敵を殲滅すること」ではない。敵を殲滅することができるほどの戦力があったとして、それを使って敵を殲滅したら、その地域には新しい人を送り込み、農地を耕し、都市を作り、流通機構を作り、。。。ときりがない。占領地経営をしなければならず、それには大きなお金が必要になる。「敵を殲滅できる戦力」とは、威嚇のものであって、決して実戦に使うことはできない、というのが現代の「物事がわかってきた人類」の戦争のあり方になる。

そこで、「強大な力で威嚇できる」「戦後復興のお金がかからない」のを両立させる戦争の方法が「サイバー戦争」なのである。結果として、これからの戦争は「サイバー戦争」にならざるをえない。サイバー空間を制するものが、世界を制する。と言っても言い過ぎではない。

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