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【第66回岸田國士戯曲賞最終候補作を読む】その2

2作目は瀬戸山美咲さんの『彼女を笑う人がいても』。「悲劇喜劇」1月号に掲載。

候補者について

瀬戸山美咲[せとやま・みさき]
1977年生まれ。東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒業。ミナモザ主宰、劇作家、演出家。
『彼らの敵』(2014年)、『埒もなく汚れなく』(2017年)、『わたし、と戦争』(2019年)に続いて4度目の最終候補。

(写真撮影:服部たかやす)

候補作について

昨年12月、世田谷パブリックシアターにて栗山民也さんの演出により上演。福岡、愛知、兵庫公演もあり。

■時、場所(戯曲では漢数字)
 
プロローグ 1960年6月17日 国会議事堂前
 1 2021年6月 北陸地方のある街、アパートの一室
 2 その2週間前 新聞社編集部
 3 1960年4月上旬 大学の教室
 4 2021年、夜 編集部
 5 1960年6月16日午後1時 国会議事堂の前
 6 2021年、午後1時30分 編集部
 7 2021年 東北地方のある街、寮の一室
 8 1960年6月16日午後2時 大学構内
 9 2021年、深夜 編集部
 10 1960年6月16日午後3時 病院の玄関前
 11 2021年 俊介の寮の部屋
 12 1960年6月16日午後4時 病院のロビーの一角
 13 1960年6月16日
 14 1960年6月16日午後9時 東洋新聞主筆室
 15 2021年 信州地方の山の上の一軒家
 16 2021年 東北地方、ある街の海辺

■登場人物
2021年
 高木伊知哉(32歳) 新聞記者
 岩井梨沙(26歳) 避難生活者
 岩井浩一郎(58歳) 梨沙の父
 岩井俊介(35歳) 
梨沙の兄
 三田史子(54歳) デスク
 矢船聡太(26歳) 伊知哉の後輩
 松木孝司(83歳)
1960年
 高木吾郎(32歳) 新聞記者、伊知哉の祖父
 山中誠子(21歳) 彼女の友人
 松木孝司(22歳) 東大セツルメント
 湊雄平(25歳)  
東大生、吾郎の高校の後輩
 彼女の母(44歳)
 東武彦(53歳)  デスク
 羽村修治(47歳) 参議院議員、医師
 辰巳大介(60歳) 
東洋新聞社主筆

■物語
 雨音。1960年6月16日。黒い傘をさした人々が静かに集まってくる。人々はゆっくり国会議事堂に向かって歩き出す。2021年、新聞記者の伊知哉は自分の仕事に行き詰まっていた。入社以来、東日本大震災の被災者の取材を続けてきたが、配置転換が決まって取材が継続できなくなってしまったのだ。そんなとき、伊知哉は亡くなった祖父・吾郎もかつて新聞記者であったことを知る。彼が新聞記者を辞めたのは1960年、安保闘争の年だった。1960年、吾郎は安保闘争に参加する学生たちを取材していた。闘争が激化する中、ある女子学生が命を落とす。学生たちとともに彼女の死の真相を追う吾郎。一方で、吾郎のつとめる新聞社の上層部では、闘争の鎮静化に向けた「共同宣言」が準備されつつあった。吾郎の道筋を辿る伊知哉。報道とは何か。本当の“声なき声”とは何か。やがて60年以上の時を経て、ふたりの姿は重なっていく。【公式サイトより】

総評

 この作品も実際の上演を鑑賞(感想ブログはこちら)。
 実名は出てこないが、タイトルの彼女とは1960年6月15日、デモの最中に亡くなった樺美智子さんのこと。その翌日、雨の中、国会議事堂前に人々が集結するが、新聞各紙は学生の暴力を批判する七社共同宣言を出そうとする。伊知哉の祖父・吾郎は宣言を翌朝の紙面に掲載するのを止めるべく主筆に直談判までするが(この辺りは若干、リアリティに欠けるところ)、徒労に終わる。
 戯曲の冒頭に「二〇二一年は一九六〇年の成れの果ての姿である」とあるが、現在の権力におもねるマスコミの姿はまさにこの七社共同宣言に端を発していると言えよう。このト書きは瀬戸山さんの危機意識の表れであろう。
 作品のテーマ、構成、これまでの実績等を加味しても充分に受賞に値する作品だと思う。ただ、個人的な印象を言えば、あまりこれまでの候補作に対して選考委員の評価がよくなかったのが気になるところ。

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