TheBazaarExpress91、佐村河内事件、ゴーストライター問題~「売れたら勝ち(価値)でいいのか?」(2014年4月1日朝日新聞掲載コラム初稿)

 佐村河内事件について、2月の頭から何回か週刊誌で書いている。2月6日には、思いがけず200人を越える報道陣、50台のテレビカメラ、夥しい数のスチールカメラと対面し、激しいスラッシュを浴び続けるという希有な体験もした。いつもは逆の立場にいるだけに、思わぬ展開に少々戸惑っているというのが正直なところだ。 

 この事件がこれほど世間を騒がせることになった理由はいくつかあるが、当初、驚きと共に受け止められた「ゴーストライター」について、ここでは書かせていただきたい。

 先日電車内で隣り合った若い女性たちが話す言葉を小耳にはさんだ。

「ゴーストライターって音楽界だけじゃなくて、出版界にもたくさんいるみたいね」

思わず自分のことを言われているのかと、ドキッとしてしまった。

この記事が掲載されてから、私の友人たちは(口に出す者も出さない者もいるが)、書き手である私を指して「ゴーストライターがゴーストライティングの批判をしている」と思っていたはずだ。私はフリーランスの書き手になって四半世紀たつが、これまで少なくとも50冊以上のゴーストライティングを手がけてきたからだ。友人や周囲に対していちいちそのことを公言することはないが、隠し立てもしていないから、知る人は知っている私の「仕事」だ。

もしその行為が罪ならば、裁かれるべきは佐村河内氏と新垣氏だけでなく、私を含めた出版界の少なくない書き手や編集者も同罪になるだろう。

いや、情報の送り手だけではない。今日どの書店に行っても、「経営者」や「スポーツ選手」「芸能人」たちが著者となっている書物は無数にある。ベストセラーに名を連ねる書物の多くはこの類のものだ。これらの書物を手にとる読者は、知らないはずがない。彼らの裏側には必ずと言っていいほどゴーストライターの存在があることを。それでもなお、というかそれを前提に、読者は各業界のスターたちの生の言葉を読みたいのだ。つまり、同罪と言っていい(幇助罪か)。

つまり出版界において、ゴーストライティングは公然の秘密であり、今や一つのビジネスモデルといってもいい。奥付に「構成者」として名前を出すケースと出さないケースがあるが、作業としては同じこと。とある出版社は、ゴーストライター集団を管理する会社も持っているというし、それを専業にする編集プロダクションなど履いて捨てるほどある。これだけ情報過多、成熟した消費社会になった今日の日本において、あらゆるプロダクツが一人の力では市場に受け入れてもらえなくなっているのだ。

産業界に目を転じても、トヨタ車のボンネットを開けると富士重工のエンジンが入っていたり、一枚1000円以下のユニクロと数千円の一流ブランドの衣料品が、実は同じ工場の同じラインで作られていたりするし(これはゴーストの構図とは少し異なるが)、そもそもアップルは工場を持っていないと聞く。一つのブランドを影の存在が支えるのは、もはや当たり前になったのだ。

かの養老猛教授が、とある雑誌の対談のオフレコで、友人のやはり高名な大学教授に対していみじくもこういったという。

「君の本が売れないのは自分で書いているからだよ。本は人に書いてもらったほうがいいんだ」

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