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子どもの安全を守るのは誰なのか

この表紙画像を見てほしい。

これはカンボジアの首都プノンペンのあるワンシーン。
ぼくはカンボジアが大好きで、2019年は1年間で4回訪問した。
カンボジアへはもともと、勤務する大学の海外研修の院卒で、7年前に無理矢理行かされたのだが、それ以来すっかりカンボジアの虜になってしまった。

今は、残念ながら行くことができていない。
また、あの熱気と明るさ、優しさ、エネルギーに触れることができるのはいつの日になるだろう。


学生とともに行ったカンボジア研修のあれこれについては、ブログの一つのカテゴリー「優しさの国カンボジアで」に記しているので、もしよければ読んでほしい(ceis-kyouiku.com 「その先の教育へ」)

さて、この画像だが、これはプノンペン市内のある小学校の校門前。
日本の小学校校門前では見られない光景だ。
プノンペンの学校付近は、毎日朝8時前後、12時前後、そして夕刻には壮観な光景が広がる。
プノンペンでは、子どもの数が多いことと、やはり子どもも家の仕事を手伝うという、昔ながらの習慣(これはやはり、貧しさという現実もある)ので学校は午前、午後の2部制になっている。

その登校と下校の時間、学校の校門前は送迎の親でごった返す。

そしてどの親も、校門の中まで我が子を連れて入る。
日本のように、1人で登下校したり、見守りの高齢者ボランティアがいたりしない。

なぜ、そんなことをするのか?
ぼくは一度、送迎の親に聞いてみた(プノンペンの大学生に通訳してもらって)。
すると、そのお父さんは、照れ臭そうな素敵な笑みを浮かべながら、当たり前のことのように、こう答えた。

「街は危ないからだよ。交通も、犯罪も。だから親が送迎しないと」

そして、日本の登下校の状況を説明すると、こう言った。

「子どもだけで登下校なんてとんでもない。日本はやっぱり安全なんだね」

この言葉を、どう思うだろう。

日本は、安全な国なのだろうか?

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この表は、ぼくが講演でよく使うもの(警察庁犯罪統計を整理)だが、毎年、数十件の略取・誘拐事件(連れ去り)が発生している。
交通事故も合わせると、もっと深刻なデータとなる。

子どもたちが通学する登下校の時間帯は、日本においてはもはや安全とは言えない。

では、子どもの登下校を誰が守るのか。

学校なのか。見守りボランティアの高齢者なのか。

ぼくが今回、問題提起したいのは、プノンペンの登下校の様子から見える「親の役割」だ。

ぼくは学校、子どもの安全を専門とするので、そのような会議や講演など多くの場面に恵まれるが、そこで気になってきたのは親の姿だった。

「学校は何をしてくれるのか」
「子どもの安全を守ってほしい」

たしかに、今、日本の親はとても忙しい。
子どもに関わりきれない状況の家庭も多くなった。

しかし、このアジアの発展途上国、日本に比べてはるかに生きることが大変な国の親たちに、ぼくたちは学ばなければならないのではないだろうか。

「親が、必死になって我が子を守る姿」を。

このことは、ぼくは今でも自身の中で問題提起していることだ。

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