17歳で母が他界 その後、四半世紀で感じた”良かったこと”

私がまだ高校二年生だった冬のこと
母は胃潰瘍で入院することになった
実際には胃潰瘍ではなく
胃ガンそれもスキルス胃ガンという
かなり病状の重いものだった

当時はまだ「ガン告知はしない」
そんな世の中で
もちろん母も胃ガンだとは知らずに
(どこかのタイミングで気がついていた
だろうけれど)
亡くなっていった
その間わずか3ヵ月ほどだったと思う

私がそれ(母の胃ガン)を知ったのは
母が亡くなる一週

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普通の生活ができる人はひとにぎりなのか?

老後2000万円問題が勃発しているが
あながち間違っていないと思う。
むしろ足りないくらいだろう。

今の70代80代は
国から「産めよ増やせよ」と言われ
子供が3人が当たり前だったと思う。

しかも高度成長期で年功序列に
賃金は定年まで年々上がっていくから心配するなと言われていた。

子供が親を養うものだ!とも教え込まれていた。
そういうことを忠実に守ってきた超高齢者のほとんどは
年金だけでは食

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想いの重さ

親はいつも私の味方

それは知っていたのに
最後の最後に苦しくなるのは
最後のセリフがいつも宗教だったからだ。

親からもらった手紙を読み返していた。
最後は大抵「祈ること」について書いてある。

「祈り」というものの本質は大切だと思う。この歳になったからそう思える。
本気で信じたり自分と向き合ったりする時間は尊いと思う。

けど私はこの一家に生まれ育って共に生きてきたその宗教がどうしても

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「親を親とも思わない」

母親が私の事を上のように評していることを、
他の兄弟づてに聞いているこのごろです。
私にしてみれば晴天の霹靂というか、いきなりの暴言というか。
私なりにちゃんと「母親」として見ていた人なので非常に衝撃を受けました。
思わずなんの打開策も考えず、とりあえず相手の更年期のせいにしたくなる出来事だったのですが、
それでもどこか冷静な私がおります。

親を親として思うってなんだろう?と。

どう思えば正解

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親の生活費はどうなっているのだろうか

ずっと気になっていることがあります。
「お金」です。

幸い89歳の父が生きてくれているので
多めの年金がもらえているはずなのですが
お金の話はなかなか難しくタブーになっています。

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私が挑戦する理由。親を見て子は育つ

おはようございナス
なすび太郎です。

なぜ私がいろんなことに挑戦するのか
それは「自分の子供にカッコつけるため」

なぜそう思ったのか、その理由を書いてゆくっ

小学生時代

突然ですが皆さんが子供のとき、
親をマネしたことはなんでしょう?

私の親父は大のバライティ好きで
家のテレビでは
いつもお笑い番組がついてました。

子供の頃からずっと見てたため、
私もお笑いが好きになりました。

また

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20代のときに欲しかった「鏡ロボット」

迷走に次ぐ迷走を繰り広げた20代の自分。前に進むことだけを考えていたのにある日、気が付いたら前が見えなくなっていた。さて自分はどこへ行けばよいのか?何がやりたいのか?どこへ行きたいのか?

自分は何のために何がしたかったんだったっけ?

気の向くまま、関心の向くまま進学し、勢いで就職したは良いけれど・・・。

そんな20代の自分が欲しかったのは今の自分。

あのとき、誰かが教えてくれたら、あのとき

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父と親戚のおじさんの違いがわからない

あなたにとって親とはどういうものだろうか。

私の両親は私が小学生の頃に離婚した。母からそれを告げられたとき、私はなんの迷いもなく母と家を出ることにした。

私は父との関係が希薄だった。というか、家族のなかで父の存在が希薄だった。私の生家は自営業をやっていて、昭和のジジイそのものの祖父が家長だった。母はそのブラック企業のような環境下で私と弟をなんとか育ててくれた。父は大体1人で眠っていた。商売は祖

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お盆のモヤモヤ

娘たちとのお盆休みが終わった。

8月10日からだから9日間、朝から晩までずっと一緒に過ごした。あ、でも正直にいうと13日は保育園と学童にいったから、合間にひと休みはあったね、でも、そのいなかった日はボクの中では無かったことになるくらい、ささやかなものだった。

ぼくは、この3年間、必ずこの盆休みに体調を崩す。去年は、ヘルパンギーナだったかな?インフルエンザかと思うくらいの高熱が出て寝込んだ。その

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8月14日 千葉 家族を赦すヒント

実家に帰りました。仏壇とかは実家にないんですが、お盆だし、ルーツに手を合わせ、感謝できるきっかけになればいいなと思って。久しぶりに母の手料理を食べたくなったのも理由のひとつです。

以前も何度か書いてきましたが、過去に家族関係には色々な確執があり、今も自身の心の深い傷になっているところが割とあります。母の手料理については感謝していますが、それ以上にネガティブな経験は語るに語り尽くせないほどです。

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