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JTの事例から日本企業のグローバル経営の未来を考える

前回の楽天の「英語公用語化」からグローバル経営を考える記事を踏まえて、今回は日本企業のグローバル化の成功例とされるJTの事例を見てみたいと思います。

日本企業の海外企業買収、特に大型買収は失敗するケースも多いですが、JTは1999年にRJRI、2006年にギャラハーと、事業規模の大きい企業を買収しながら、そのマネジメントに成功しグループ全体での業績を大きく伸ばすことに成功しています。

その過程で彼等はなにを課題と捉え、どんなアクションを取ったのか、この記事ではそこに焦点を当てて見ていきます。特に、前回の記事で強調した、日本企業のマネジメントの「特殊性」にどう対応したのか、という点がここではポイントとなります。

JTはどうやって海外事業を拡大させてきたか?

JTは言うまでもなく「たばこ産業」を主要事業としており、もともとは国営企業(専売公社)であり、その事業基盤は国内中心でした。

しかし、日本の少子化、高齢化のトレンドは避けがたく、たばこ産業が縮小していくことはかなり早い段階で予測されていましたし、85年の専売制の廃止、たばこの輸入自由化と規制緩和が実施されると、国内のみでの事業基盤に依拠していることは経営リスクであることが認識されていました。

この状況を踏まえて、JTは早くから海外進出を試みます。

84年に日本たばこインターナショナル株式会社(以下JATICO)を設立し、まずはアジア、中東、免税市場を狙います。これにより、85年に20億本だった海外販売本数は91年には100億本と拡大します。そして、92年にはイギリスのマンチェスター・タバコを買収。これにより海外製造拠点を獲得し、ヨーロッパ市場への進出の足がかりをつかみます。

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そして、いよいよ99年にRJRIを約9,400億円(約78億ドル)で買収します。これは日本企業における海外企業買収としては当時過去最高額でした。

これによって、Camel, Winston, Salemといった世界でも有名なブランドを傘下に収めることに成功したJTは、一気に国際的なプレイヤーとして存在感を高めます。

買収から8ヶ月後にRJRIを事業統合し、JT International S.A.(以下JTI)を設立。「ブランド価値強化」「中核市場への集中」「コスト構造の改善」を柱とした戦略を策定し、グローバル経営の実行を進めていきます。

具体的には、1億ドルのマーケティング投資をCamel、Winston、Salem、Mild Sevenを対象に集中的に実施しブランドイメージの統一を図ります。また、ロシア、カナダ、台湾などを中核市場として投資を集中させ、2000年から2006年にかけて主要ブランドの平均成長率+7.7%, EBITDA+20.3%と大きな成長に成功します。そして、マンチェスター工場の閉鎖などでコスト構造の改善にも積極的に取り組みました。

この経験を踏まえて自信を深めていったJTは、2007年にイギリスのギャラハーを約1兆7800億円(75億ポンド)で買収します。

そして、統合計画の策定・公表を100日間で達成。スピード重視の方針のもとに「80/20ルール」を設定し、完璧に仕事を終わらせるよりも一定レベルの完成度でとにかくすばやく物事を進める雰囲気を作り、意思決定の迅速化を図ります。

ギャラハー買収時の施策のポイントについては、JTの元副社長である新貝氏がインタビューで詳しく語っているので、そこから引用しておきます。

  ギャラハーの買収完了後は何がなんでも100日で統合計画をつくろうと、さまざまな工夫を施した。その一つがご指摘の件だ。買収担当者(我々はBD(ビジネスデベロップメント)と呼んでいるが)に、統合計画の策定と実際の統合作業にも参加してもらうこととした。ギャラハーのことを最も分かっていたのはデューデリジェンスを行ったBDだからだ。ただ、彼らはディールには長けているがビジネスプランなどの計画立案には慣れていない。そこで、買収発表と同時にBDと、中期経営計画を毎年つくっている人たちとを束ねて、統合事務局をつくり、彼らに任せる体制とした。 
  もう一つの工夫は、意思決定の迅速化だ。買収とその後の統合過程では予期しないことが次々と起きる。買収とは自ら有事をつくり出すことだからだ。私の理解では、有事は集中、平時は分散。そこで統合管理においては、平時と異なるトップダウンの意思決定ルートで、即断即決できる体制を敷いた。イシューがあろうがなかろうが毎週月曜日は必ず主要メンバー全員が集まれるよう時間をブロックしておき、仮にイシューがあればその場で決める。
  不安を払拭するためにも人的公平性の確保を重視した。CEOのピエール・ラボシエールと私とで1週間をかけ、ギャラハーの執行取締役および役員、そして上級管理職の推薦を受けた50名と面談し、そのうえで誰に残って貰うかを決めた。

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JTから学ぶ日本企業グローバル経営の要諦

では、ここからJTの事例を踏まえて、日本企業がグローバル経営を実践していく上でポイントとなる点に考察を加えていきたいと思います。JTは、買収およびPMIを立案し、実際に統合をリードした経営陣が、その経緯やポイントについて詳しく語っており非常に学びがあります。

日本型マネジメントの特殊性と限界の認識

JTの海外買収の歴史において注目すべきは、その意思決定と経営に関わってきた日本人幹部が、日本型マネジメントと欧米型マネジメントの差異を正しく認識し、日本型を買収した企業に「押しつける」ことではうまくいかない、と考えて実行してきたことです。

例えばRJRI、ギャラハーの買収に深く関わってきた元副社長の新貝氏はこう語っています。

  一般的に欧米グローバル企業は、明確な戦略フレームワークを作成し、その実現のためのオペレーションは現地に委ねるスタイルを採用している。一方で日本のグローバル企業は、個々の国のオペレーションに対して、「カイゼン」といったベストプラクティスの共有に軸足をおく傾向にある。私は12年間M&Aの仕事をしてきたが、グローバル化を進める中で、日本流ベストプラクティスを押し付けるのではなく、欧米流・日本流の長所をブレンドすることが重要だと考えてきた。
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私はアメリカのグローバル企業の経営管理を長く担当してきていますが、この整理は的確です。私が在籍してきた2社も、基本的な事業のフレームワークやITや人事などのインフラは世界中で標準化した上で、各国の営業拠点で市場特性や文化に合わせたオペレーションの最適化を図るモデルになっています。これは、「現場」レベルの知見をボトムアップで吸い上げてそれを横展開しようとする日本企業のやり方とはたしかに大きく異なります。

この点を踏まえて、新貝氏は別のインタビューでさらに踏み込んで発言しています。

  私としては、そもそも日本人が世界中の多様なマーケットのすべてを経営できると思うのは驕りだと考えている。理由は色々あるが、ひとつには日本人のリベラルアーツ教育、要は教養が非常に貧しいという思いがあるためだ。日本で教育を受けた人間が国際人としてグローバル経営をしていくのは難しいのではないかという危機意識があった。
日本たばこ、楽天の事例に学ぶ成長戦略としてのM&A
  日本企業はオペレーションに長けていると言われるが、それは日本という特殊な環境で育まれたベストプラクティスに過ぎず、そのまま海外へ持っていったからといって成功するとは限らない。だから日本のやり方を押しつけるのは一旦止めて、多様な人材が集まる環境のなかで何がベストなのかを可能なかぎりゼロベースで考えていった。
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日本人の「足りないところ」や「特殊性」をここまで冷徹に捉え、正しく認識し、実際の経営に持ち込めているのは、日本企業では珍しいと言えます。電機業界をはじめとして、世界中を席巻した「栄華」のイメージが強く、自分たちの強みを普遍的なものと捉えてグローバル経営で失敗するケースはとても多いからです。

経営では、買収戦略の立案や財務計画、PMIの手法や実行計画など、ハード面が語られることが多いですが、実はその成功を支える本質はこうしたソフト面で正しい認識を持てるか、だと私は考えています。

というのも、いくら精緻で質の高い計画を立てたとしても、それを実行するのは「人」だからです。JT側に海外事業をマネジメントできる人材がいなかったので、事業だけでなく人材もM&Aで取りに行った、というきわめて客観的かつ現実的な認識をJTの経営陣が持っていたことは、彼等の成功に大きく寄与したと言えると思います。

  我々は商社のように営々と人材を育ててきた訳ではなかったので、人材的にいわば“貧者の戦略”を採ったことになる。買収という手段で究極の経験者採用をしてきたわけだ。
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日本企業が目指すべきグローバル経営のありかたとは?

もう一つJTが優れているなと私が思うのは、海外事業の経営をJTIにうまく任せているところです。買収したRJIとギャラハー事業を中心にした海外事業は、本社をジュネーブに置くJTIが統括しており、JT本社からの自由度を高くしている点が制度設計上とてもうまくできています。

というのも、上記した日本型経営の「特殊性」と関連しますが、前回の楽天の例で見たように、海外事業の管理をグローバル経営に長けた人材が限られる日本人が担うと、現地のモチベーションの低下や人材の離反を招くことは、日本企業のグローバル経営においてよく見られるからです。

この点において、JTIの経営の独立性、自主性を担保しながら、うまくJT本社と連携が取れるような仕組みをJTは作ろうとしています。

  Q JT本社とJTIとの意思疎通を良くするために具体的にどういうことをしているか
A 意思決定の見える化をしている。JTIの役員は世界中を飛び回っているため定期的に経営会議などは開催できないが、その代り、すべての意思決定は原則として「電子意思決定システム」で実施している。このシステムでは、JTのたばこ事業本部長がその気になれば、JTIの意思決定を全て端末上で閲覧することができる。意思決定に際しては明確な責任権限規程が定められており、かつJTI側にとっては「見られている」ことで透明性の高い良質な意思決定が実現できる。また経営情報についても見える化を推進している。例えば、主要マーケットでの売上数量実績を毎週、対前年比、対計画比でどう進捗しているかをブランド単位で確認することができる。こうした情報共有を前提にして年に2回、JTとJTIは経営計画について議論する。
JTは進駐軍にならない  M&Aの秘訣を新貝副社長に聞く

この事例のように、経営の意思決定を双方で可視化することで、自由度を担保しながら、透明性の確保による「規律」を経営にもたらす仕組みはなかなかうまくできています。

海外の被買収企業に経営の「自主性」を担保する、というのは、他の日本企業でも見られなくはないのですが、よくある失敗はそれが「放任」に繋がる事例です。最近では東芝のウェスティングハウスの例がまさにそれで、本社側のコントロールが機能不全に陥り、結果的に東芝を経営破綻寸前まで追い込んでしまいました。

この点で、グローバル経営に長けた人材を多く有するJTIに海外事業を任せつつ、JT本社からのガバナンスも適切に利かせていくモデルを試行錯誤しながら構築しているJTの事例は大きな示唆があります。

そして、37歳で経営企画部長に抜擢された筒井氏のコメントも重要な論点を指摘しています。

  JTインターナショナルは、外資系に近くて、意思決定のスピードが早く、各自のジョブディスクリプションがはっきりしています。一方、日本の場合は、職務範囲の境目があいまいな分、若いうちからいろんな経験ができますし、人の仕事を若干取り込んできても、文句を言われないところがあります。特にJT固有のことかもしれませんが、経営陣と新入社員までの距離が、ジュネーブに比べると比較的近いのも特徴です。私は、海外で経験したマネジメントスタイルと、JTがこれまで培ってきたスタイルの中間に、何か新しいものが生まれるのではないかと思っています。 それは、ある意味、新しい「日本型経営」みたいなものかもしれませんが、JTを通じて新しい経営スタイルを示せればいいなと考えています。
日本の企業人は、「日本」にこだわりすぎる 東洋経済オンライン

この引用部にあるように、役割が明確に定義されている「ジョブ型」の欧米企業と、役割定義は曖昧で広く業務をこなすことが期待される「メンバーシップ型」の日本企業の差異は、人事モデルの違いを超えて、経営の考え方や手法に大きく影響を与えています。

ここで筒井氏が言っているように、その差異だけを強調するのでなく、その「中間」に新しい経営スタイルを模索していく、というのは日本企業のグローバル経営のあるべき方向性と私もずっと考えてきました。

その考え方を、JTIによる海外事業のマネジメント、JT本社との適切なガバナンスモデルの構築、といった形で実践しようとしているJTは、やはり日本企業のグローバル経営を考える上で非常に参考になる事例と思います。

楽天、JTと日本企業のグローバル経営について見てきました。次はIndeed買収を成長に繋げ、日本企業で過去失敗が多かったハイテク領域での海外事業拡大に成功しているリクルートの事例も見ていきたいと思います。お楽しみに!

(参考資料)

クロスボーダーM&A統合成功の秘訣 ―日本たばこ産業の事例 大和総研

日本たばこ、楽天の事例に学ぶ成長戦略としてのM&A GLOBIS知見録

JTは進駐軍にならない M&Aの秘訣を新貝副社長に聞く WEDGE Infinity

日本の企業人は、「日本」にこだわりすぎる 東洋経済オンライン

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