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8 ヒサギの憂鬱

 アイはとあるお屋敷に呼ばれました。というのも、ここ数日、この家の一人娘ヒサギが寝込んでしまって、親御さんは心配に心配を重ねて、色々と原因を尋ねるのですが、何を聞いても首を振るばかりでその理由がわからず、困っているというのです。
 アイとクァシンはお屋敷に向かいました。
 二人は予想以上に訪問を喜ばれ、そのままヒサギの部屋に通されたのです。

 話の通り、ヒサギはベッドに横になって、肩まで布団をかけていました。

「どうしたの」

 アイが聞くと、ヒサギは案外あっさりと答えました。

「実はね、何を食べても味がしないの。見て、これ。スープよ。どんな味がするの? 食べて教えてちょうだい」

「うーん。暖かくて、まろやかな味だね。ほんのりと甘いよ」

「私には水より無味に思えるわ。あと、暖かいは味の感想じゃないわ。こんなことをね、お父さんやお母さんに言うと心配するでしょ」

「もう心配してるから僕たちが呼ばれたんだけどね」

「そうなの?」

「そう。お父さんとお母さんがワールドザワールドの女神に相談して、僕たちがきた」

「わたしはもう一生お母さんの美味しい料理を感じることができないのかしら」

「感動の問題だね」とクァシンは言いました。「何か美しいものを見て、感動するといいかもしれない。君の味覚もきっとそれで取り戻せるよ」

 すると、弱々しく起き上がったヒサギは言った。

「何か感動するものを見せて」

「じゃあ、僕の最近覚えた踊りを見せるよ」

 そう言って、アイは踊りを見せました。
 両腕をぐるぐる回して、足を踏み鳴らす、風から教わった踊り。クァシンは笑っていましたが、ヒサギはくすりともしませんでした。
 アイは両腕をぐるぐる回して、足を踏み鳴らしました。
 やがて息を切らして、踊りもやめてしまいました。ヒサギの方を見ますと、スンとしています。

 それで二人は諦めて一旦外へ何かを探しに行くことにしたのです。

 アイの案で、二人は森へ入っりました。なぜならそこにはきれいな花や、木の実があるからです。アイは昔クァシンとよく遊んだ森へ行き、花や木の実をつんで持って帰りました。

「なんだか懐かしかったね」
 とアイが言いうと、クァシンは、
「昔はよく言ってたけど、ほんの十ヶ月前のことじゃないか」
 とその昔が案外昔でないことを指摘しました

 さて、その花や木の実を持って帰ってヒサギに見せました。
 けれど残念。彼女はぜんぜん喜びませんでした。

「やっぱりコロナかな?」
 とアイが言うと、クァシンは、
「二年前に書いた小説を書き直してるんじゃないか。まだ流行ってなかったよ」
 とこの話が焼き直しであることを指摘しました。

 次はクァシンが案を出しました。それは面白い物語を聞かせる、というものでした。
 それでアイがヒサギに、〈この前、アイスを買いに行ったけれど間違って石鹸を買ってしまい、口の中が泡だらけになって、ちょうどその日に絵描きカマキリの絵のモデルになる約束があったので、描いてもらうと、髭が生えているみたいになった〉という話をしました。
 それでもやっぱり彼女は笑いませんでした。

 しかしヒサギはその話の、絵描きカマキリ、というのが気になったらしく、

「絵描きカマキリさんというのは、どんな方なの」

 と聞きました。

「カマキリなんだ。それで、鎌に筆を挟んでどんな絵でも描くね」

「そうだ」とクァシンがその時ひらめいたのでした。「絵描きカマキリさんなら、誰よりも美しいものを見ているんじゃないかな。だから彼に本当に美しいものを聞いて、それをヒサギさんに見せればいいんだよ」

「ああ、それはとても気になるわ。ぜひお願いします」

 二人はすぐさま絵描きカマキリの家へ向かったのでした。

┃彡\Z(`Д´Z)

 その家はアトリエにもなっていて、絵描きカマキリの今まで描いた絵が何枚も飾ってありました。それはどれも綺麗にこの世界を切り取っていて、アイもクァシンも全部の絵が興味深く、ついジロジロと見て回ってしまうくらいでした。

 二人は絵描きカマキリに今まで見た中で美しかったものを聞きました。

「うむ。花も、雲も、風も、確かに美しいけれど、じゃあどれが一番美しいかと問われれば、それらは人によるかもしれん。……うーむ。どれ、私に一度、そのヒサギお嬢さん、——彼女に会わせてくれないか。もしかしたら、気に入る何かを見せることができるかも知れん」

「そうだね」

 ということで、二人は絵描きカマキリを連れて、ヒサギの部屋に帰ってきました。

 そこで絵描きカマキリは目を丸くして、ヒサギを見つめたのでした。

「君たち、美しいものを探してると言ったね。見てみたまえ、これほど美しいのがあろうか」

「どういうこと」とアイが聞くと、

「このお嬢さん。彼女ほど美しい景色をわたしは見たことがない」

「一番美しいのは自分自身だってことだね。どう? ヒサギさん」

 クァシンがヒサギにそう伝えると、彼女は感涙して、

「嬉しい、嬉しいわ」と言って、さっきお母さんに運んでもらったスープをずずっと啜ったのでした。
「甘くて、美味しい。それに暖かい。私、その絵描きカマキリさんにぜひ自分の絵を描いていただきたい」

 二人が絵描きカマキリにそのことを言うと、絵描きカマキリは快く承諾して、ヒサギの絵を描き始めたのでした。

 絵に描かれるあいだ、ヒサギはアイが踊ったように、手を回し、足を踏み鳴らして踊っていました。その光景を絵描きカマキリは描いたのです。
 絵描きカマキリその絵を描き終えたとき、ヒサギはアイを呼びあることを聞いたのです。

「どう。私の踊りは美しかった?」

「美しいと言うより、面白かったね」

 ヒサギはまた寝込んでしまいました。


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