The Crisis of Democratic Capitalism by Martin Wolf (1)

 『民主的資本主義の危機(The Crisis of Democratic Capitalism)』(2023年)という本を読み始め(実際はAudibleなので、聴き始め)たところなのだが、とりあえずの感想をノートしておく。

 著者のマーティン・ウルフ(Marting Wolf)はフィナンシャル・タイムズ(FT)紙の主任経済論説委員、つまり資本主義のイデオロギーの擁護者である。マーティン・ウルフはその中でもドン的な扱いを受けている人だ。本稿の執筆者がこの人物の存在を意識し、FTのアプリ上でもフォローするようになったのはこの1年ほどなのだが、狭い意味での経済に限らず、ウクライナ戦争やリズ・トラス首相(当時)の進退について、いち早く断固とした意見を表明し、FT全体の論調を決定づけるような役割を担っているようだ。

 普段のFT記事を読んでいても感じていたのだが、マーティン・ウルフは社会科学の一分野としての経済の専門家というよりはイギリス的なパブリック・モラリストの系譜に属する人なのだろう。その議論の中では、トマス・ホッブズやエドマンド・バークといった古典が息を吸って吐くように引用される。

 本書は資本主義とリベラル・デモクラシーはお互いの安定的な発展のためにお互いを必要とすると主張する。ただし、本書は習近平の中国やプーチンのロシアによって、資本主義の導入が必然的に民主主義をもたらすとの楽観的な見込みは打ち砕かれたという認識から出発している。イノベーションを必要とする近代資本主義と個人の自由に価値を置くリベラル・デモクラシーの相性が良いことは確かだが、経済的な富と政治的な権力とが一体化したところには独裁政治や社会不安が生じる。

 いまだに政治的な権力と資本の力を一括りにして「体制側」とするような粗雑な認識に留まっている人も案外多いように思うが、マーティン・ウルフの議論は経済と政治は異なるメカニズム・目的のもとに駆動しており、両者の利害が問題なく一致するのは特殊な条件下においてに過ぎないという認識を基礎とする。(ハンナ・アーレントも『全体主義の起源』第2巻で同じようなことを指摘していたはずだけど、最初にこういうことを言い始めたのは誰なんだろう?)書名の『民主的資本主義の危機』とは資本主義とリベラル・デモクラシーという現代社会を動かす二つの車輪がばらばらになりかけているのが現代だ、という認識を示すものと考えてよいだろう。

 「脱成長コミュニズム」もいいけれど、もっと現実味のある意見が欲しいという向きの人間は読んでおいてもいいだろうという感じ。個人的にはパブリック・モラリストの末裔ということでこの人にちょっと関心があるので、趣味的にフォローしていこうかなという感じです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?