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言葉は、吐き出すと私を楽にする。

ずっと、心の奥底の方に、吐くに吐けないような気持ち悪さが残っている、ような気がする。

私の部屋に三日月のライトが灯る頃、世界は何て幸せそうだ。

私はとても悲しくて、すごくすごく哀しくて、「どうせ何も見えない」と言う諏訪敦さんの画集の言葉を思い出していた。
本当に、どうせ何も見えない。
例えば私が骨になったって、誰にも届かない、哀しまないのだ、だってもうあの人は行ってしまったのだし。
ここまで考えて、まったく私はあの人を何だと思っていたんだろう、本当に。

誰かに悲しんでもらうために生きている訳じゃない、
ましてや誰かに大事に思ってもらえないと自分の価値が計れない、なんて、何て滑稽なのだろうか。

昔の、二十歳位の自分が、その時分の思考が戻ってしまったみたいだった。

あの時私は、自分の事を全く大事だと思えなくて、常にどうでも良かった。
今もそうなのかも知れない、私は、何が何でももうどうでも良い、と思いたいのかも知れない。
あの頃みたいに、そう思い込ませてしまおうと思っているのかも。
只一つだけ、未練が在った、この世の物事で、只一つだけ、同じ様にどうでも良くて何も大切だと思えないであろうその人に、最期に伝えようと思ったから、手紙を書いたのだ。
地球の反対側のアラスカに向けて手紙を書いて返事が来た写真家星野道夫に習って、私は、世界のまるで反対側に居るみたいな人に只、“あなたが生きていてくれて嬉しい”とだけ、伝えようと思った。
何にも良いと思えなかったからだ。
今も何だか純文学の退廃さの様な物が身に染みて解る、芥川や太宰が感じて自死に至った“漠然とした不安”の様な物が胸を掠め、目の前を横切る様な気がする、
そうだ、坂口安吾の「桜の花の満開の下」が読みたい。
「それは一夜の、いつもの酔いなので」と坂口安吾が友人である太宰治を諭したらしい、
虚無が目の前を横切る時、向こうもまたこちらを視界に捉えているのだろう。
あの純文学界隈の、退廃的な死への渇望の様な物、梶井基次郎の「檸檬」や「桜の樹の下には死体が埋まっている!」と書かざるを得なかったざわざわとした感触が、少しばかり理解出来そうな気がする。

ちなみに梶井基次郎の「桜の樹の下には」は、解るような気がしても、まだ全然理解出来ないのだ、私は。
あの短編小説を読むと、何時でも胸がざわつく、と言うか、あそこまでの死への渇望の様な物には、到底及ばないと思ってしまう。
あの小説を書いた基次郎は、一体どんな風に世界が視えてしまっていたのだろう。良い意味でも悪い意味でも、ぞっとする。
類い稀なる精神世界を持った人の儚さよ。

純文学の綺麗な日本語が読みたくて、夏目漱石の「夢十夜」を引っ張り出して来た。
どうか許してくれ、と胸の奥の心の内が問う、誰に何を許されたいのだろうか、私は。
どうか許してくれ、どうか、と一体何を言っているのか泣きたくなる、けれど、
ふと気付いた、私は、
自分が生きている事を未だ心から許しきれて無いのだと。
愕然とする。未だそこなのか。
大体私は、未だに自分の事を良いとは思えないし、自己肯定感や自尊心が物凄く低くて、時たま他者と巧くコミュニケーションが取れなくなるのだ。
普通に仕事に支障を来すけど、もうしょうがない。定期的にそれはやって来る。
自分の事を愛すってどう言う事なのだろう。
自尊心が低過ぎて、全く解らない。これは病気だとしたら、それに良く効く薬が欲しい。
望んでる風に見えて、本当は望んでなかったのか、未来を。
まるでパンドラの箱の様に、最後に残ったのが一握りの希望だったとして、
もう昔の様にまた、その希望みたいな私の子供じみた願いが、また現実にくしゃりと音を立てて見事に潰されてしまうのが、心底嫌なんだろうな、と思う。

もう例えそれが無くなったからと言って、泣き付いて話を無視せず聞いてくれる人も居ないのだ。

何で生き残ってしまったのか、甚だ疑問だけど、只単に生命力の高さとかしぶとさとか生存能力が優れているとか在ったのだろうけど、死ぬまで自分と向き合い続けなければいけないなんて、嫌いで良いと思えない自らと上手く付き合っていかなきゃならないなんて、呆れる。

今と昔のそれでも少し違う所は、
私は、私の音楽を好きだと言うこと。これに尽きる。
私は、自分の事はまるで良いと思えないけど、私の音楽の事はちゃんと“良い!”と思える、これは発見だった。

多分音楽は自分だけで作り出す物じゃ無いからだろう。
色んな素晴らしい人が関わって、素晴らしい物になるんだ。

相変わらず馬鹿げてる、と思えてしまう時もある。全てがどうでも良い、と思ってしまう事も。それでも只、死なないように落ちないように音楽にしがみつくだけで精一杯。こんな生き方って有るのかよ、と思うけど、しょうがないのかも知れない。
どうしたら人間になれるのか、私は私と時間をかけてゆっくり相談して向き合って、探していかなければならない。
私の愛すべき人たちは幸せで居て欲しいと思う。
私は、泣いて自分の深浅(しんせん)にまで降りて、やっと解る、歩いて来たと思ったら、全然進んでいなかった、同じ処をぐるぐる回っていただけなんて、結局人間なんてそんなもんなのかとも思う。

これが一番良かったんだ、と言い聞かせて泣く、何度もこれしかしょうがなかっんだ、と思う、同じ答えに辿り着く、
でも、ねえでも、私はもっとちゃんとあなたと話したかったよ。
一人で抱えずに、最初から最後まで一方的過ぎずに、言い分をずっと無視されたりせずに向かい合って目を見て選べていたら、こんな風に傷付いたままじゃなかったの?と思う、
かさぶたは取れてもまだ治り切らずにまた血が滲む、全然、治ってないんだ、まだまだ。
足りない、時間も言葉も栄養も何もかも。
あんなに近くに居たのにずっと遠くて、気付いたら思い切り振り払われていた手を、もう一度頑張って繋ごうとしてみるなんて、もう一生無いような気もする。
それにその後独りで泣くなんて反則だ。

どうにか出来ない事を、どうしようもない事を、どうして人は何とかしようとするのだろう、一生懸命、それが叶わないと決め付けた気になって、恐くなってしまったから、もうあんまり動きたくない。

自分の事をまるで傷付いた、手傷を負った動物みたいに思う、動物は傷を負っていたらその部分を庇おうとしてゆっくり歩くでしょ?それみたいに。
手負いの動物に何を望む、
今はゆっくり傷を治すために休んで?そんな事出来ないし、ゆっくりしてても全然治んない、だから手間が掛かるのだ。

手間が掛かってばっかでどうにも先送りにするけど、どうしようもないな。

言葉は灰汁みたいに膿のように、吐き出すと私を楽にする。

こんなに便利で大事な物を忘れていたなんて。狐につままれたような気分だ。
誰が望んで居なくとも、私の体はこうして生きようとしているのに。

言葉が見知らぬ誰かに伝わって、まるで海を泳いで海岸に辿り着く小瓶の様に、伝えてくれたらと切に思う。

三日月のライトを消して、明日の為に眠るのだ。

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