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#3 明け方、ナイルエクスプレスの汚れた窓の話

エジプトと聞くと、何をイメージしますか。
それは、砂色ではありませんか?

冬になろうとするその秋、
留学先の授業の一環でエジプト旅行に行った。
Hassan Fathyという建築家の作品を主目的として、カイロとルクソールという街を回った。

カイロからルクソールに移動するため、
ナイル・エクスプレスという夜行列車に乗る。

夜の駅舎は始めから不穏で、
埃っぽい空気と水たまりの中、
溢れかえる現地人の隙間で西洋人と東洋人、
つまり外国人の我々は心もとない面持ち。

併設のカフェではメガマインドというアニメ映画が流れている。
定刻からやや遅れて滑り込んできた、黒光りする古そうな列車の前方車両では
朝の東京方面の東西線と勝負を張れるくらいの密度で人々がぎゅうぎゅうに詰まっていて、
そこに乗り込めたとしても、降りる頃には全て掏られて丸裸になっているかもしれない。
それが不安を煽る。

我々には後方の寝台車両があてがわれていた。
これは思い返すと多分乗る距離と払うお金の差なのだが、
日常と非日常の差でもあるかもしれない。
エジプトの人だって、
いざ東西線に乗る時は不安な顔をしているかもしれない。
人は分からないという状況につくづく弱い、と思う。

列車が出発してからもしばらく落ち着かず、
2人用コンパートメントの中で収納式ベッドを出してみたり、
小さい銀のシンクと水の清潔さについて粗探ししてみたりしていた。

ドアがノックされ、
グランドブダペストホテルみたいな赤い制服を着て、髭面で、怪しいくらい優しい乗務員が晩ご飯プレートを持って現れた。
それを食べて横になる。

夜は長く、
硬めのベッドの上段で浅い眠りを繰り返すことに飽き始めても、
二度と朝が来ないかと思った。
時計を見ると余計不安になるから
見ないようにしていた。

途中、いい加減眠れずに目を開けた。
寝る前には何も見えなかった窓の外は、
土埃と精度の悪さでぼやけたガラス越し、
ピンクパープルの世界だった。

延々続く砂漠の起伏と、
名状し難い色の移ろう空。
それ以外、何もよく見えない。でも心奪われた。

写真に撮っても映らないのは汚れた窓のせいにして、
この奪われた心の旅立つ彼方を忘れないでおこうと決めた。

それは時間的には深夜のはずだったが暫く続いた。
もしかして本当にこの世ではないのかもしれない
と思ったところでいつのまにか寝ていて、
起きたらルクソールだった。

怪しげな乗務員が朝食を運んできてくれたが、
最後までただ優しかった。
身体は少し痛かったけれど、
乗り込んだ時の不安は消えていた。
あの空が心と一緒に不安も連れて行ってくれたのかもしれない。

地上を走る列車からは、
空と街のスケールが同じくらいで見えるのが好きだ。
建築や雲や山の形が、
映る全ての瞬間が
1つの高速のイメージとして過ぎ去っていくのが儚くて面白い。

その後どうやってカイロに戻ったか定かでないが、
帰る頃には来た時の怖れや矮小な悩みは気にならなくなっていた。
信号のない無法道路も渡れるようになっていた。
慣れってすごい。

世界中、自分の気持ちや目的がしっかりしていれば、
生きていけるんじゃないか。
大丈夫。そう思ったのです。

その時期、聴いていた音楽は以下の通り。
Ben&Ben "Maybe the Night"


色々旅をしたけれど、
エジプトが一番騒がしく、一番自我が揺らいで、一番心を動かされた。
砂色の国の一面、美しい光と影を見せてくれたこと、感謝している。

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