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【園館訪問ルポ】存在を身に纏うこと、身近に感じること――いしかわ動物園「ライチョウの峰」/「トキ里山館」(石川県能美市)

 石川県能美市。松井秀喜さんを輩出したこの街の郊外に広がる丘陵地帯にいしかわ動物園はあります。 唐十郎 「動物園が消える日」で描かれた金沢サニーランドが前身の県立動物園ですが、未来へ向けた新しい展望を象徴する施設も見逃せません。 

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 新生・いしかわ動物園を特徴づける施設のひとつ「ライチョウの峰」は、円形の園路をぐるりと歩いたほぼ中間地点にある屋内展示場です。


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 当初は北極圏に生息するスバールバルライチョウを展示していましたが、国内動物園の保全事業の一環としてニホンライチョウに切り替わりました。タイミングによっては、非常に近くでライチョウの姿を観察できることが特徴です。

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 屋内では、ぬいぐるみやパネルを用いてライチョウの生態が解説されています。特に、石川県に位置する白山山系でのライチョウの再発見についての展示は、地域性を強く意識した発信と言えそうです。


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 中には、このような掲示物も。関西方面の特急の名で「サンダーバード」が馴染み深いこの地域ならではです。

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 ひときわ目をひいたのが、「ライチョウになってみよう」と呼びかける体験コーナーでした。ポンチョを着るだけの「なりきり」ではなく、雪の中で生きるため羽毛に覆われた「ライチョウの足」まで再現されています。


   「体験を含む様々な切り口から来園者が展示動物に親しみを持つ機会を設ける」工夫は、「ライチョウの峰」に続く展示「トキ里山館」でも見られました。

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 旭川市立旭山動物園への勤務で知られるあべ弘士さんの絵が出迎えるトキ里山館。2018年の豪雪で施設修繕が必要となり一時閉館していた時期もありましたが、生きたトキが一般公開されている日本で数少ない場所のひとつです。

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 日本の棚田を再現し、トキが本来生息してきた環境を来園者がイメージできるように整備されたトキ舎。非常に広々とした視界が開けています。

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 舎内ではくちばしを使って泥の中を探るトキの採食行動を展示することに成功している上、トキが食べる小動物も展示されています。トキという象徴的な生きものが、普通種に支えられていることを実感させられます。

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 止まり木の裏に配置された小窓からは、非常に近くでトキを観覧できます。「朱鷺色」と言われる色味や羽の質感がはっきり分かるほど近くでの観察は、この環境だからこそできることです。

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 トキ里山館は、「リピーター」の獲得にも力を注いでいました。絶えず変化していくいのちは、ただ一度垣間見れば分かる、というものではなく、折々に違った姿を見せるからです。

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 1月~6月の繁殖期になるとトキは頭部から背部にかけて分泌物で黒灰色に染まります。鮮やかなイメージの朱鷺色からシックな容貌に変化しますが、この姿も限られた季節にのみ見られます。繰り返し足を運ぶことで、トキが暮らす環境が四季移ろいでいく様子と、トキたちの変化を併せて体感することができるのです。

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 「ライチョウの峰」に設置されていた「なりきりセット」は、トキ里山館でも活躍していました。ふたり分あり、記念撮影もできます。


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 親しみやすくわかりやすい展示の一方で、両施設とも保全に向けたメッセージの発信も欠かしてはいません。ニホンライチョウもトキも特別天然記念物であり、動物園での飼育展示も国の保全事業と足並みをそろえたものであることがいずれの施設でも示されています。

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 野生動物とその保全についての情報発信において、間口の広さとシリアスさは、車の両輪のような繊細な関係にあります。キャッチーな宣伝だけでは問題解決に向けた取り組みが意識されず、一方でシリアスな現状報告だけでは目に留めない(あるいは、留めたくない)人になかなか届かないこともあります。

 日本の希少鳥類を飼育展示するいしかわ動物園の両施設においても、飼育繁殖と保全に向けた取り組みを伝えつつ、親しみやすさといかにバランスを取って併存させていくか、試行錯誤をしながら展示が練られていることが読み取れました。

   とりわけ、「身に纏う」展示を取り入れることで、生きた鳥たちをただまなざすことに加え身体的に存在を伝えようとしていること、「季節の移り変わり」による見どころの変化をアピールし、来園者が繰り返し足を運んでメッセージに目を留める機会を増やしていることは、動物園という施設の「常設性」が生かされている取り組みだと感じます。今後、来園した人たちや地域の理解がいかに深まっていくかも含め、同園の「伝える」取り組みにはいっそう注目していきたいです。