『カリフォルニア・エンゼルス』

 この話は2010年5月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第31作目です。

 日本のプロ野球が開幕してからしばらくしてアメリカでも大リーグが開幕した。
 今シーズン注目したいのは、イチローの個人記録よりも、ニューヨークからカリフォルニアへやって来た松井秀喜である。
 あのヤンキースがワールドシリーズ優勝の立役者を、「守れないからDH(指名打者)でなら再契約を」と体よく放出したのには恐れ入った。
「守れないから」という前に頑なに「守らせなかった」東海岸のチームに見切りをつけて、「守らせてくれる」西海岸のチームに移ったのはいい決断だったと思う。
 これを書いている時点では、試合出場はDH(指名打者)がほとんどではあるが、守備に就いた時は無難にこなし、怪我も無く、打撃も滑り出し好調のようだ。
 アメリカではFA(フリー・エージェント)移籍やトレードが日本に比べてウエットなところがないとはいえ、よく移籍したなと正直思った。
 ニューヨークとロサンゼルスは同じアメリカでも全く違うところだし、同じ野球をやるのだからと言っても、また改めて違う国へ行くような感覚もあっただろう。
 テレビに映ったエンゼルスのベンチを見ていると、英語よりスペイン語のほうが通じるのではないかと思ってしまったが、調べてみたら今年のヤンキースの方がもっと “International” だった。
 どういうことだろうと思った方はそれぞれの選手の出身地をチェックしてみて欲しい。何故アメリカのプロ野球で一番強いチームを決めるのがワールドシリーズと呼んでいるのか分かると思う。
 松井が現在所属しているチームの正式名称は、「ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム」である。僕のように日本人が大リーグでプレーするなんて考えられなかった時代から大リーグを観ている者にとって、このチームは、「カリフォルニア・エンゼルス」と呼んだほうが馴染む。
 ロサンゼルスでは伝統あるドジャースが有名だが、エンゼルスもあるということを知っていた人は、長谷川滋利氏が所属してはいたが、松井が入団するまでそんなに多くなかったはずだ。
 ロサンゼルスを東京とするならば、お互い所属リーグは違うが、ドジャースがジャイアンツ(巨人)で、エンゼルスはスワローズ(ヤクルト)に近いかもしれない。
 1988年にニューヨークでヤンキース対インディアンズを観たのが初めての大リーグ観戦だった。2度目の観戦は1991年の5月にアナハイム・スタジアム(現在のエンゼルス・スタジアム)で観たカリフォルニア・エンゼルス対ミルウォ―キー・ブルワーズの試合だった(以前書いた「お使い」でロサンゼルスへ行った時と同時期です)。
 当時のアナハイム・スタジアムの中に入って、アメリカの野球場って本当に大きいなと思ったのを今でも覚えている。アメリカには所謂スタジアム型の野球場とボールパーク型の野球場があるのを知るのはそれから数年後だった。どれほど大きかったかというと、外野の一番安い席から球場の外に出る前にエスカレーターに乗ったといえば少しはその大きさが伝わるだろうか。
 アメリカで野球観戦をするとビールとホットドックは欠かせない。ヤンキー・スタジアム、シェイ・スタジアム(一昨年までのニューヨーク・メッツの本拠地)、リグレー・フィールド(シカゴ・カブスの本拠地)、メトロドーム(去年までのミネソタ・ツインズの本拠地)で観戦の際も欠かさなかったが、アナハイム・スタジアムでのビールとホットドックの記憶はない。
 スタジアムに来る前にナッツ・ベリー・ファームで遊んで、夕食にチキンを食べたから何も食べなかったのかもしれない。
 試合後駐車場で選手の出待ちをしている子供達とその親達がいた。感心するくらいちゃんとサインをしている選手がいた。僕も買ったばかりのエンゼルスの野球帽にサインをして貰った。
 サインを貰った後でその選手の名前を傍にいた親御さんに聞くと、ジャック・ハウエルという内野手だと教えてくれた。帰国してから当時毎年洋書店で買っていた野球雑誌でその選手の成績等をチェックするようになった。ジャック・ハウエルはその数年後日本のスワローズにやって来て大活躍し、最後はジャイアンツでプレーして帰国した。
 アナハイム・スタジアムで観たその試合でエンゼルスのライトを守っていたのはデーブ・ウインフィールドで、1988年にヤンキー・スタジアムで観た試合でヤンキースのライトを守っていたのも彼だった。
 エンゼルスの対戦相手のブルワーズの二塁手ポール・モリターは、数年後ブルージェイズ(トロント)へ移籍してワールドチャンピオンを経験し、それからさらに数年後ツインズ(ミネソタ)でプレーしている時にミネソタで再び観た。野球選手の旅もシーズン中だけではないのだ。
 大リーグの野球チームには、そのチームがホームとする地域を象徴するもの等をチーム名に付ける風習がある。
 エンゼルスの場合は、”Los Angeles” (Angel=天使)から来ているのだろう。棒(バット)と石(ボール)で戦う荒々しい男の集団に “天使”はどうかなあと思うのは僕だけだろうか。デッドボールが原因で恐ろしい形相で乱闘している男達の着ているユニフォームに “Angel” と入っているのはちょっと笑えてしまう。
 松井には世界一を決める試合で大活躍してもらい、エンゼルスを2002年以来のワールドチャンピオンにして貰いたい。そして、「ニューヨーク経由で日本からきたエンゼル」なんていう見出しで地元紙の一面を飾ったら最高だ。
 アナハイムの方々の “California Dream” を叶える原動力になって欲しい。その時に初めて “Angels” というチーム名が松井にもしっくり来る気がする。
 久し振りにアメリカのどこかで、それも屋根の無いスタジアムもしくはボールパークで、ビールとホットドックとともにベースボールを観たくなった。まだリフレッシュ休暇を使ってなかったな。夏休みというフレーズが世の中に飛び交う前に行ってこようかな。


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