ジェイク・リーの再臨


ここ最近のジェイク・リーのマイクアピールが凄い。
2022年6月22日の京都KBSホール大会にて青柳優馬と組んで諏訪魔&近藤修司組と対戦したジェイクは敗戦後にリング上で「何度も負け続けた自分がこんな一回の敗北で下を向くわけがない」と言い放ち、対戦相手の諏訪魔ごと不敵に笑い飛ばす姿を見せた。

その姿を家でモニター越しに観戦していたがゾクッと鳥肌が立った。

元々ジェイク・リーの事は好きだったが正直なところ、不運もあって主役になりきれない、ブレイクしきれない惜しい選手、という大変失礼な印象を抱いていたが、このマイクと表情でグッと心を掴まれ完全に持っていかれてしまった。

何故そこまで急にジェイクに魅了されてしまったのかを少し考えてみる。

これまでのジェイクの印象

私が全日本プロレスを観戦するようになったのは3年程前で、当時から絶対王者の宮原健斗を後輩であるジェイク・リーが追いかけ、でも追いつけないというシチュエーションをよく見ていた記憶がある。

例えば2019年の王道トーナメントの決勝戦でジェイクは宮原に勝利し優勝している。しかしながらその後は宮原に三冠王座戦を挑んだものの奪取は叶わなかった。

2020年の世界最強タッグ決定リーグ戦では相棒の岩本煌史と決勝まで勝ち進むものの、ジェイクにとっては後輩である青柳優馬と宮原のコンビに破れ優勝を逃している。

この頃までのジェイクは上昇気流に乗りつつも宮原という厚過ぎる壁を前に足踏みをせざるを得ない姿が印象的な選手だった。


"総帥"ジェイクの降臨

そんな状況に変化の兆しが起こったのが2021年の5月、リング上でリーダーである芦野祥太郎を裏切った『enfant terrible』のメンバーとジェイクが結託し新たなユニット『TotalEclipse』を立ち上げリーダーとなった。

イメージカラーであった緑から黒のロングタイツにコスチュームを変更し、「勝った者が正義」という言葉を口にする様になりラフファイトも辞さないスタイルに変貌した。

実際に同年のチャンピオンカーニバルでは決勝で宮原を破り優勝し、その後の大田区大会での三冠ヘビー級王座戦では巴戦という特殊な形式ながらも宮原と青柳を制して初戴冠する。

しかしながらその後、試合中のアクシデントにより負傷し三冠王座を返上することとなる。

失礼極まりないが、正直に言って「持ってない」人だなと思ってしまった。
勿論残念であり早期の復帰を願ってはいたが、中々波に乗ることが出来ないジェイクに対し心の底から感情移入する事が難しかった。


宮原健斗の葛藤

一方でジェイクのライバル宮原健斗は『最高の男』を自称し常に先頭に立ち全日本プロレスを牽引してきた。そのタフさと観客を意識する視界の広さを含めたパフォーマンスは最高に相応しい。

とはいえ幾ら『最高』を自称しても知名度や話題性等で勝てない団体や選手は存在する。

実際に後楽園ホール還暦祭で彼と対戦した新日本プロレスのタイチは試合内容を認めつつも現状の全日本プロレス選手の知名度の低さに苦言を呈している。
それでも宮原健斗は一層過剰に声を上げ自身と全日本プロレスこそが『最高』だと言い張り、眼の前の観客を全力で楽しませ最高の男であろうとする。

勿論リングの中と外のギャップに葛藤を覚える事もあるだろう。しかしながら『最高の男』として力強く進もうとする姿勢に大いに心を打たれ、また観客として『宮原こそが最高である』という感情を宮原自身と共有する事に喜びを覚え、私は彼を応援していた。

そこで今までのジェイク・リーに何故自分が感情移入しきれなかったのかが見えてきた。

彼がリング上で自身の葛藤を見せようとしない、不言実行の人という部分だ。もちろん当人のプロ意識によるもの、或いはライバル宮原とは異なるアプローチを用いた結果なのかもしれない。

「勝った者が正義」という言葉についても『Total Eclipse』という新ユニットのリーダーとしての任を果たす責任感から出た意思表示のように聞こえてしまい、ジェイク自身の生の感情から発せられた言葉として受け止める事がどうしても出来なかった。

復帰後の変化

しかし負傷欠場から戻ってきたジェイクは変わった。宮原から三冠の奪取、『Total Eclipse』としての活動機会の減少、チャンピオンカーニバル決勝で雌雄を決した青柳優馬との共闘等、環境の変化もあるのだろうが特筆すべきは彼自身の発する言葉における変化だろう。

今のジェイクは試合終わりにマイクを握り、
「仕事で上手くいかずに辞めたいと思うことだってあるだろう?俺もそうだ」
と裡に秘めてきたであろう自身の言葉を用いて観客に寄り添い感情を共有しようとする。

『最高』ではなく『挫折』とスタンスこそ異なるがライバルの宮原健斗と奇しくも同じで共有というアプローチを取り始めた。

ジェイク・リーの再臨

文頭で触れたシーンでの彼の言葉を記す。

「俺はいままでもずっとこうだった。負けて負けて負けて、そこから這いつくばって這いつくばって、それでもまた負けて負けて負けて、そんな繰り返しだった。こんな、こんな一敗どころで俺が、俺が下向く訳ねえだろう」

団体最高位である三冠ヘビー級王者が、「勝った者が正義」と言い放っていた男が、弱さを飾らないありのままの姿をさらけ出していた。

その言葉からは『Sweeper』や『陣 JIN』というユニットで大きな結果を残せなかった事、何度戦っても大一番で宮原健斗に勝てなかった事等、全日本プロレス入団後に感じたであろう挫折と葛藤が込められている事を想起させられた。

言い終えたジェイクはリング上で不敵に笑っていた。試合中に見せる高笑いではなく、弱さに対する自嘲でもなく、吹っ切れたような笑みだった。
そして観客には大丈夫だと、俺たちの試合を見れば明日も頑張れる、そう思えるような試合をすると語りかけ、リングの中央でベルトを掲げてみせていた。

言語化した自身の弱さを呑み込んで笑い飛ばした男が、今度は観客の感情も請け負いより大きくなった自身の器を満たそうとしている。
全日本プロレスのリングに王者として再臨したジェイク・リーから目が離せない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?