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郵送は余裕をもって(副題:締切2日前から書類を作成すな)


「なんで2週間も自転車パンクさせてんだよ!」


※この話はほとんどフィクションではありません。身バレが怖いので詳細はぼかしてありますが、ほぼほぼ事実です。そして親は偉大。



 5月某日。私は焦っていた。

 提出締切は翌日。速達は受付午前中まで。午の線を超えると到着予定は翌々日となり、あえなくタイムイズオーバー、ゲームオーバーである。

 どうしてこんな極限の戦いを強いられなければいけないんだ。私は責任を転嫁する先を探すべく、過去の記憶へと意識を向けた。



 前日。徹夜で提出する書類を作成する私。
 念のために購入した、全く趣味じゃないエナジードリンクなるもの(ZONEとRedbull)をお守りに、5年前はミドルスペックだったゲーミングノートでOfficeソフトを走らせる。

 ああ、だめだ。直近すぎた。もっと、もっと昔へ……。



 去年。どうせ具体的な行動をしなきゃいけないのはもっと先だからと、遊び惚ける私。
 楽しい日々だった。なにも怖いことはなく、享楽をむさぼり、怠惰に溺れて……。

 いや、まずい。走馬灯だ、これは。


 現実逃避の安寧を求め始めてしまった意識を現在に強制送還する。いまやらなければならないのは、えっと、なんだっけ。

 ここ最近のストレスと昨日の徹夜で頭が回っていない。ひとまず今朝からの事柄を追おう。これくらいなら逃避にはならないはずだ。



 今朝、午前4時。

 一通りの書類作成が終わり、あとは必要な文書が揃っているかを確認する作業のみ。

 厳密にいえば文章の校正を頼んでいた分がまだ終わっていないし、料金の振り込みは銀行窓口でやらなければならない。それでも、昨日の23時 時点よりは格段に準備が進んでいる。

 そうやって、半ば自分を洗脳するように言い聞かせ、来る6時に待ち構える。

 午前6時。印刷、郵送、振込。これまで予定とデータ上のコンテンツとしてのみ存在していた各々を、やっと具体化し始めるスタートライン。

「1週間前から言えよその話」

 昨日言われた言葉が脳内にこだまする。わかっていた。もっと以前から準備をしておけば、こんな事態にはなっていない。

 だが事実として、今、私は危機に瀕している。ことここに至って「たられば」はクソの役にも立たない。後悔の念は6時間後にスヌーズだ。

『OK.』

 午前7時、極めて端的なGメール。校正をお願いしていた文章にゴーサインが出た。あとは印刷、郵送。最短2ステップで今日が終わる。

 そう。「手書き」などという、前世紀の遺文化さえ残っていなければ。


 私は字が汚い。

 さらに言えば、字を書くのが好きじゃないし、苦手意識さえある。たまに自分で「きれいじゃん」と思う字もあるが、文章全体のバランスを見直すと全然だし、なんなら5分後に見直してみると相変わらず汚かったりする。

 そんな人生を歩んできたため、ハガキとか、公的な文書とか、履歴書とか、そういうやつの手書きには大層苦い汁を舐めさせられてきた。

 だが私も負けるばかりでない。一昨年編み出した秘儀、レイアウトそのままでWordで作った文書を印刷して裏から光を当ててトレース作戦により作業時間を大幅短縮することに成功したのだ。

 これで無敵である。ものの10分、は流石に無理だが、30分、いや、1時間もあれば書類は完成し、郵便局へレッツゴーである。



 午前9時。文書完成。

 あれ、8時には完成している予定だったんだが。まぁずれ込んでしまったものは仕方ない。

 郵便局の午前配送締切は12時。いろいろなことを考えると、10時頃までに済ませておけば問題なかろう。

 最寄りバス停からはいつも1時間に2本、10分、40分台に便が出る。9時10分台のに乗れば、遅くても20分には郵便局につくはずだ。

 さらに郵便局から徒歩1分の距離に銀行がある。ATMではない窓口の受付で振り込まなねばならないとはいえ、大した時間はかからないだろう。

 振込手続き、書類最終確認、郵送。40分もあれば充分に済ませられる範囲だ。

 ああ、よかった。万事良好。徹夜で文章を書くことになったのは予想外だったが、実のところ、私はあまり焦っていなかった。冒頭に書いた「5月某日。私は焦っていた。」は脚色である。

 不思議なことに、本当に不思議なことに、提出締切の3日前に至ってさえ、私の心は凪だった。文書作成しなきゃなぁ、とは思いつつも、私の手にはデュアルショック4が握られており、モニターの中では狩人が醜い獣の巨躯に押しつぶされていた。

  当然、この段階で書類作成は1文字も進んでいないし、誰にも進捗を伝えていない。

 通常であればもう血眼になって作業を進めなければならない時期である。

 だが私には負の遺産ともいうべき、心の拠所があったのだ。

 それは、「自分という人間は、なんやかんや締切が近づいてきたら、無意識的に作業を始めるはずだ」という、これまでの長くない人生を通してはじき出した経験則である。


 夏休みの宿題を最後の最後までやらない人間が一定数いることは、世間の常識として知れ渡っているところだろう。
 そしてそのまま、深い絶望に打ちひしがれる人間も、少なくない。

 例によって、私も計画通りの生活ができない類の人間である。
 当然、長期休暇の宿題は放っておくタイプであった。

 しかし、なんやかんや休みの最終盤に差し掛かると、いやいやながらも宿題をやり始めるのだった。そしてなんやかんや期日には間に合う(出来はともかくとして)。

 ちなみに、これまでの人生で一番危機に瀕したのは水彩画の課題だ。なにせ乾かさないと色を重ねられない。結果としては、びちゃびちゃのまま筆を走らせ、紙の繊維がほつれてできたダマ 、、がぽつぽつと点在する絵画が完成した。何を描いたかは全く覚えていない。この課題から逃避するためにPS3でやっていた、GTA5のプレイ画面しか記憶に残っていない。

 ともかく何が言いたいかというと、私は本能とかそういったよく分からない部分でデッドラインを感じ取ることができるので、自分が本当に「やらねば」と思うまでは余裕があることが"統計的に"確定しているということだ。

 そしてその感覚が鈍っていることに気が付いていなかった、ということだった。


 午後9時10分。提出しなければならない2つの封筒を手に、私は揚々とバス停へ向かった。

 ……おかしい。誰も待っていない。

 いや、落ち着け。この時間帯にこのバスに乗る人間は多くないはずだ。誰も待っていなくても、何も不自然ではない。

 だがなんだ、この胸騒ぎは。

 バス停に張り付けられた、端のインクが雨で滲んだ時刻表を見る。

[9時 8分 48分]

 あれ?


 あ。


 朝って、


 いつものタイミングじゃないんすね。


 ああ。


 はい。




 よし、少し落ち着こう。

 心配ない。バスがなくたって、私には足がある。

 徒歩でおよそ30分程度かかるが、それでもまだ10時にはならないはずだ。

 大丈夫。

 大丈夫。



 9時50分、銀行着。

 一旦出戻り、予備の封筒やらスティックのりやらを用意していたせいで少し遅れてしまったが、まだ何とかなるはずだ。

 窓口で振り込む。これまでにあまりやったことのない作業だが、受付の担当者に身を任せれば問題ない。


「あ、ここに名前書くんすね」

「日付も。はい」

「今日は、令和5年。の、5月ですね」

「あ、こっちにも同じこと書く。はい」

「名前、と、令和5年、3月……」

「あ、5月ですね」(二重線を引く)

「これで大丈夫ですかね」

大丈夫じゃない?

「修正印がいる? あぁ、あー」

「印鑑。印鑑」


「印鑑か」


「シャチハタはダメ。いやシャチハタも持って……」


 恐ろしいことに、ここで日付を間違えてしまうという渾身のミス。

 別にいいんだよもう。これ以上、劇的なピンチを演出しないでくれ、ぼくの右手。

 いや、え、印鑑? そんな日常的に持ち歩いてないけど。印鑑?

 取りに帰るとすれば1時間どころではない。2時間はかかる。そうなれば時刻はほぼ正午。全て手遅れだ。

 くそ。印鑑なんて持ってないぞ。リュックの中を漁ったところで……。

 

 あ、


 あ、

 ありました。


 筆記用具入れに、入ってました!!!

 
 一昨年まで日常的に行っていた業務の手続きで印鑑が必要であり、そのために用意していたハンコ(小学か中学を卒業した時に貰ったちゃちいやつ)がまだ残っていたのだ!

 ちなみになぜこのハンコのことを忘れていたかというと、その手続きは去年から署名でいいことになり、最近全く使っていなかったからである。

 いやー、よかった。

 シャチハタよりしょぼいハンコですけど、良いんですか?

 よかったー。

 銀行振込、完了です。


 午前10時5分、郵便局着。もうここで郵便局員に封筒を手渡ししてしまいたい衝動に駆られるが、それはできない。まだ封をしていない。

 局員に「ちょっと作業したいのでテーブルお借りしてもいいですか」と断りを入れてから、書類の最終確認と、糊付けを済ませる。とりあえず2つの封筒のうちの、片方だけ。

 よし、よし、OK。これで速達で出せば、こっちは完了だ。

 あ、え?

「統括してる郵便局に午前の分の郵便物を届ける車が、今行った?」

「これから受け付けるのは午後配達扱い?」

 え?

「毎日10時に午前の分を届けてる?」

 あー。


 どうしよ。



 どうしよ、つっても、できる事は1つしかねぇわな。




 行くか、今から。




 統括してるとこ。





 バスで?


 まぁバスしかないし。

 運賃……は、気にしないことにしよう。

 とにかくスマホでバスルート調べて。

 てかスマホの充電30%しかないし。

 まじか。

 まじかー


「え? はい」

「統括郵便局に出す車が、今来てる?」

「話がさっきと違う……あ、本当にまさに今、外にいる?」

「ほんとだ。あの赤い車ですね」

「ってことは」

「この封筒は午前配達ということになるってことですね!」

 よかった!

「じゃあもう少し待っててもらえません? 封筒もう一つあるんですけど……」

「あ、それは流石に無理?」

「現時点で遅れてるからこれ以上もう待てない?」

 まぁ、ね。

 まぁまぁまぁ。

「すみません、じゃあこれだけとりあえずお願いします」

「速達。はい。はい……」



 あー。

 まぁ、よし。

 まだ封筒は1つ残っているけど、いま出した方が優先度は高かった。

 こっちはまだ、ね。

 うん。


 バスで行くか。統括郵便局。



 午前10時15分。ダッシュで郵便局を出て、最寄りのバス停へ。

 すると、なんとバス停の前で、見知らぬおばちゃんが待っているではないか!

 おばちゃんが待っているってことは、もうすぐバスが来るってことだ。

 よし、よし、あ、向こうの道路からバス来た。これだな、絶対。

 よし、よし、よし!

 まさかの事態(バスが9時10分台にない)はあったが、

 まさかの事態(振込の記入をミスる)はあったが、

 まさかの事態(統括郵便局行の車が10時に出る)はあったが、

 運の流れはいま、たしかに私の方に向いている。

 そして汗だくでドカドカと騒がしく乗車した私に、バスの乗客の視線も向いていたが、些事だ。

 昨日とは打って変わって暑かった今日だが、念のため着てきたパーカーが邪魔にしかならなかった今日だが、最後に勝つのはおれだ。

 もう一度スマホ(充電25%)でバスの時刻を確認する。

 普段からよく利用するバス停から、ちょうど統括郵便局に行くバスがある。

 タイミングも悪くない。11時には統括郵便局に着けるだろう。

 まぁ運賃は500円を下らないが、この際は仕方あるまい。

 これからの行動スケジュールを確認し終えた私は、脱いだまま手に持っていたパーカーをリュックにしまおうとした。

 リュックを開く。

 あれ。

 ん?

 いやいや。




 あれ。






 封筒ねえな。


 嘘だろ。



 いや、もっかい確認しよ。




 予備に持ってきた封筒の中に紛れてるかもしれんし。









 ねえわ!

ピンポーン(次、止まります)


 バスに乗車した時に感じた視線、さすがにただの自意識過剰だと思っていたが、この悲劇を暗示していたのかもしれない。

 どこでなくした。どこに忘れてきた。

 少なくとも、郵便局で最終確認をしたとき、そこにはあった。

 ならば、可能性は2つ。

 郵便局に忘れてきたか、郵便局ーバス停の間で落としてきたか。

 どちらにせよ、さっき急いで出てきた郵便局まで戻る必要がある。

 いや落としてくるって、鍵とか財布じゃねえんだぞ、と思ったそこのあなた。
 私のリュックはもうガバガバで、チャックが自動的に開くほか、チャックの爪の一部が欠けているせいで閉めきれないという欠陥を抱えているんですよ。それにバス停までダバダバ走ってきたので、落としている可能性は、十二分にある!

 などといたいけな読者を論破している場合ではない。バス内で統括郵便局に行くバスルートを確認していたせいで、さっきの郵便局からだいぶ離れてしまった。

 ここからさっきの郵便局までは、と……(充電20%のスマホで確認)

 徒歩30分。頑張って25分といったところか。

 現在時刻、午前10時20分。

 最短で10時45分に郵便局、封筒があったとして、バスのタイミングが完璧だったとして、統括郵便局につくのは12時ぎりぎりになる。

 まずい。いくら統括郵便局とはいえ12時ぎりぎりまで手続きしてくれるかわからないぞ。

 道中の郵便局に、一縷の望みを賭けてみるか?
 だめだ、望みは薄いし、外れたら取り返しがつかない。

 いや、待て。

 ここ、急いで降りたバス停付近、見覚えがある。

 ここの近くに、友人の家があるぞ。

 そしてそいつはたしか、自転車を持っていた!


 自転車なら、努力次第で時間を半分まで短縮できる。

 それに、バス移動だと必要な乗り換えをしなくていいため、直で統括郵便局に行ける!

 そうと決まれば早速連絡だ。今朝チャットした限り、あいつはまだ家にいるはず。

 急いでチャットを飛ばす。(充電18%)


「いまどこ」


「家?」


「通話(不通)」

「通話(不通)」


 クソ!


 秒で返信してこいや。

 直接家まで行くか?

 しかしいなかった場合、タイムロスが致命的だ。

 クソ、どうしよう。


『着信』


 来た!

 だが申し訳ない、通話を掛けたのは気づいてもらうためなのだ。私のスマホでは音声通話ができない。

 一瞬で着信を切り、チャットに移る。

「ああすまない」

「家にいるか?」


『家だね』


 よし!


「なるほど」

「チャリはある?」


『パンクした』



 は?


「なるほど」


 は?


「話は終わりです」


『2週間放置してある……』


ーーーーー


 パンクしたチャリを、放置。


 なんで2週間も自転車パンクさせてんだよ!


 

 あー、だめだ。

 友人に当たるのは良くない。

 元はと言えば、ギリギリまで何もしなかった自分が悪いんだ。

 でもさ。

 2週間も放置すなよ。



 さて、最後の望みが絶たれた。

 どうしようか。

 諦めようか。





『いま、ばあちゃんの迎えおわった』



 あ、



 母親のラインだ!!!



「いまからきていただけますか」


『あい』



 やった!!!



 勝った~~~~!!!!(親力おやぢからで)


 やった~~~~!!!!!



………


……






 いや、夢オチとかじゃないです。

 このまま親の車ですべてが解決しました。封筒は郵便局に置き忘れていて、局員の方がしっかり保管してくれていました。ありがとうございました。


 やはり持つべきは親と。

 締め切りの1週間以上前からの、余裕を持った準備。

 そして、周囲の方々の惜しみない協力です。

 今までは自分単独のキャパシティを超えそうな段階で「やらなければならないこと」に手を付けていましたが、今回は完全に周囲の協力ありきのタイミングでした。

 文書の校正をしてくださった█████様、締切前々日に面談してくださった██████様、卒業したときハンコをくれた██████先生、母さん、スティックのりを貸してくれた██████、みんなありがとう。

 みんなのおかげで私は、周囲の協力を勘定に入れたうえでのデッドラインを見極めることができました!

 本当にありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。そして願わくば届かないでくれ。それすなわち身バレを意味するから。


 いかがでしたか? 書類を郵送する際の参考にはなりましたか?

 この記事が皆さんの糧になれば何よりです。

 お疲れ様でした。


(その後、お金を入れた封筒を紛失したり、消印有効であることが判明したり、必要書類が足りなくて再度郵送を強いられることになったり、その封筒を閉じる時にタイミングよくテープのりが切れて百均へ駆け込んだりするのですが、それはまた別のお話。)

ここはどこだ