見出し画像

74回目 "His Voice Remembered", Toni Morrison's Eulogy for James Baldwin を読む。加藤雄二氏(東京外大 総合文化研究所)のエッセイにこの存在を教えられて。

James Baldwin の作品に関するエッセイが無いものかと Google で検索、見つけたのが加藤雄二氏のこのエッセイでした。タイトルは「ジェームズ・ボールドウィンのブルーズ 」― アフリカン・アメリカン文学における「もう一つの国」です。

加藤氏のこのエッセイには、ボールドウィンの作品に対しては否定的な批評も少なくない中、トニ・モリソンが格別に肯定的なコメントをボールドウィン存命中から発表するのみならず親しい友人同志であったこと、死後には Library of America の編集に当り、ボールドウィンの巻の編集を担った旨の記載がありました。ボールドウィンとモリソンとのつながりとなると少しは覗いて見たいと思ったのです。

Baldwin が亡くなった日と同じ 1987 年 12 月に The New York Times 紙に、Toni Morrison の Eulogy(追悼文)が掲載されたのでした。その最後尾にある一節が、加藤氏のエッセイの冒頭に引用されています。また、この Eulogy 全文は The New York Times のサイトに公開されています。

ご注意
The New York Times のサイトに行くと、目的のエッセイ本文に
辿りつくまでにサブスクライブ subscribe 契約を結ばせるための
ボタンが次々と現れるようですが、それらをタッチせずに本文
に到達できるはずです。広告のEメールを送り付けるための E-メー
ルアドレスの入力を求められ、それ無しでは本文に辿り着けない
かも知れません。私はそれをしなくとも本文に到達できるのでは
とも思うのですが確かではありません。


1. ボールドウィンへの追悼文(Eulogy)の最後尾の一節

[原文 1] You knew didn't you, how I needed your language and the mind that formed it? How I relied on your fierce courage to tame wildernesses for me? How strengthened I was by the certainty that came from knowing you would never hurt me? You knew, didn't you, how I loved your love? You knew. This then is no calamity. No. This is jubilee. "Our crown," you said, "has already been bought and paid for. All we have to do," you said, "is wear it."
And we do, Jimmy. You crowned us.
[和訳 1] あなたはご存じだったでしょう、違いますか? あなたが創りだされた表現、そしてその裏に宿っている心根を、私がどれほどまでに必要としていたかはご存じであったと思います。 加えて、私が自分の内なる荒野を手なずけるに当たり、どれほどまでにあなたの凄まじい勇気を頼りにしていたか。更に、あなたが決して私の心に傷を加えることがないと安心できたことで、私がどれだけ強くなれたかを。あなたはご存じだったでしょう、違いますか? あなたの愛情を私がどれほど愛したかも。あなたはご存じでした。そうですから、今回の件は災難などではありません。そうではなくて、祝福の時です。あなたはおっしゃったでしょう。「私たちの王冠は、既に私たちの手にあるし、代金も支払い済みです」と。そして「私たちに残されているのはそれを頭に被ることなのだ」とおっしゃいました。私たちはこれを被ります。あなたが私たちにもたらしてくださった王冠です。

The last paragraph from "James Baldwin: His Voice Remembered"
by Toni Morrison, published on the Dec. 20, 1987 issue of The New York Times

本を読むとか小説を読む。難しくて根気がいることは常です。しかし、著者が読み手である自分の隣に、著者当人の吐息が聞こえるほどの近くに現れるような気がすると、根気がいるという辛さが一瞬にして勇気付け、安心感に代わってしまうことがあります。

一方で「読み手は遂々自分と同類の考え方をする著者を選んでしまうので、自分に警告を発しないといけない」とはどこかで耳にした教えですが。


2. ボールドウィンへの追悼文、冒頭の二節

私にとって Toni Morrison の文章を読むことは結構な試練です。具体的でない文章、私にとって常識的な物事の連なりからかけ離れた発想が潜んでいる文章が多いのです。それを理解するとなると、まずその文章に矛盾しない具体例を考え出す努力を始めることになります。考えついた具体例が元の抽象的な文章、物事が連鎖する構造と矛盾するとなれば、当然その具体例の修正が必要になるのですから。

この苦労が実を結んだ時には、それが Toni Morrison の文章の場合、私にとって新しい世界・新しい発想が生まれることが多いのです。ハッとするような発見の喜びです。ここに引用するのもそんな発見に遭遇した文章です。

[原文 2a] Jimmy, there is too much to think about you, and too much to feel. The difficulty is your life refuses summation - it always did - and invites contemplation instead. Like many of us left here I thought I knew you. Now i discover that in your company it is myself I know. That is astonishing gift of your art and your friendship: You gave us ourselves to think about, to cherish. We are like Hall Montana watching "with new wonder" his brother saints, knowing the song he sang is us. "He is us."
[和訳 2a] ジミー、あなたについては、考えを巡らせねばならないことが余る程沢山あります。情緒的な感慨も溢れるほどあります。あなたの生き方・歩まれた道程をまとめてお話しすることは出来そうにありません。あなたのなされたことをまとめることが難しいのはこれまでも同じではあったのですが。纏めようとも考え込まされるばかりで、それができないのです。ここに残された私たちの多くの方々も同じでしょうが、私はあなたを十分に理解していると思ってはいました。ところが今日となって、理解していると思っていたことはあなたに付き添われている自分の姿・自分の中身にすぎなかったと気付きました。こうなったのはあなた芸術・あなたの友情に係る驚くべき才能の成果なのです。あなたは私たちに私たち自身を贈り物として残してくださいました。私たちに私たち自身を考えなさい、私たち自身を称賛しなさいとのご主旨なのです。私たちはホール・モンタナのようなものです。ホール・モンタナは「新たな好奇心を膨らませて」自分の兄弟である人々(又は、天に昇ってしまった同類たち)を見つめています。これから自分が歌う歌が自分たち自身のことであると解っているのです。「彼、ホール・モンタナは私たち(ここに残された私たち)なのです。」

(<訳者注> Hall Montana は Baldwin の小説 "Just Above My Head" に登場する人物。)

The first paragraph from "James Baldwin: His Voice Remembered"
by Toni Morrison, published on the Dec. 20, 1987 issue of The New York Times

[原文 2b] I never heard a single command from you, yet the demands you made on me, the challenges you issued to me, were nevertheless unmistakable, even if unenforced: that I work and think at the top of my form, that I stand on moral ground but know that ground must be shored up by mercy, that "the world is before [me] and [I] need not take it or leave it as it was when [I] came in."
[和訳 2b] 私はあなたから何一つとして指図を受けたことがありません。あなたが私に表明された要望、あなたが私に示された課題、これらは私に何かを強制しようとするものではなかったのですが、どれ一つとして落ち度のない(正鵠を得た)ものです。ですから私は全力でそれら課題に取り組み、考えることにします。ですから私はモラルの基盤を基本に据えます。と言ってもこの基盤は慈悲によって担ぎ上げられねばならないものと承知します。すなわち「世界を前にした私には、それをそのまま受け入れる必要はなく、そこに踏み入るのを取りやめ、それをそのまま放置しなければならない理由もないのです。」と考え生きることにします。

The second paragraph from "James Baldwin: His Voice Remembered"
by Toni Morrison, published on the Dec. 20, 1987 issue of The New York Times

[原文 2b]にある moral ground については辞書に見つけられなかったものの、take the moral high ground という言い回しがあって、Oxford Advance Learner's Dictionary of English には to claim that your side of an argument is morally better than your opponents' side or to argue in a way that makes your side seem morally better と説明されています。
また、shore something up については同じ辞書において to help to support something that is weak or going to fail と定義されています。

the challenges you issued to me … that I stand on moral ground … このEulogy 全体がそうなのですが、特にこの一行について、「この世に生きる人それぞれが absurd であってはならない、折角の人生なのだから精一杯、まともな生き方、自分で研鑚を積み自らが最善を目指して努力するという生き方をしよう」という実存主義そのものの主張なのだと私は理解します。


3. 加藤雄二氏のエッセイについて

このエッセイは「ジェームズ・ボールドウィンのブルース」(副題)アフリカン・アメリカン文学における「もう一つの国」と題されたもので東京外国語大学総合文化研究所 総合文化研究 第 24 号(2020)に収載されたものです。このエッセイがクリエイティブ・コモンズのサイトに公開されています。私はこれを閲覧しています。

ボールドインについてのみならず広くアメリカの黒人作家の活動・作品について論じられていて読みやすい文章です。この分野に興味のある方(専門の研究者ではなく)には面白いと思います。


4. Study Notes の無償公開

今回の読書対象は短い文章ですがここに私の Study Notes を無償公開します。A-5 サイズの用紙に印刷する前提で調整しています。


5. 追伸 ボールドウィンへの追悼文、第三節に面白い一行がありました。

力を持つものに喰らいついて出世を果たすという生き方。アメリカや日本の政権に絡む政治家たちの発言を見聞きしていた私には、私と同じ意見の人々の少なくないことを改めて感じ取ることが出来た文章です。

[原文 5] You made American English honest – genuinely international. You exposed its secrets and reshaped it until it was truly modern dialogic, representative, humane.
[和訳 5]あなたはアメリカの言葉を正直なものへと、すなわち真に世界の言葉へと、変えられたのです。 これまでのアメリカの英語(言葉)の秘密を暴きだされたのです、そしてそれを真の意味で近代的な形の言葉に、事物を言葉という代替え物、それも真実として耐え得る代替え物に、そして人間的なものにまで作り替えられたのです。

The third paragraph from "James Baldwin: His Voice Remembered" by Toni
Morrison, published on the Dec. 20, 1987 issue of The New York Times

この記事が参加している募集

海外文学のススメ