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37回目 Toni Morrison, 'A Mercy' を精読します。彼女独特のリズムと活力に溢れる文章とテーマの重さを味わいます。

取り上げる本は“A Mercy” by Toni Morrison, Vintage版 Paperback です。  

物語は1680-1690年、イギリス、スエーデン、オランダ人達が領土を取り合い、まだまだ安定した法の支配とは程遠いアメリカ東岸地域が舞台。今のワシントンから北に向ってアパラチア山脈の東側に広がる一帯、この地域一帯には原住民もまだまだ多かったようです。Florens は元気な商売人の Jacob の下にポルトガル人のタバコ農場オーナーから引き取られた、7-8 才という子供の奴隷です。特別に賢くて文字も読めます。時代考証も入念にされた小説とのことです。England ではクロムウェルの清教徒革命から立憲王政の発足までの混乱で大勢の人々が生活不能の状況に苦しんでいた時代です。


A. どこか遠くに行ってしまい消息を絶った初恋の職人によせる思いを、その男に向けて語りかける文章。

 優れて賢い奴隷少女 16 才の文章はほぼ全てが現在形の単純な文章でできています。賢くとも世間の知識を獲得できるのは襲いかかる現実から。勉強によって「予備的に」襲い来る事態に備えられるのとは大違いの環境で育って今になったのです。
 その文章の一部は次の通りです。ポルトガル人のたばこ農園からチェサピーク湾やそれに流入する川を寒い北の土地、Jacob の屋敷に移送されるのです。この時の彼女は 7-8 才。文字を教えてくれた神父が旅の世話役です。

[原文] As soon as tobacco leaf is hanging to dry Reverend Father takes me on a ferry, then a ketch, then a boat and bundles me between his boxes of books and food. The second day it becomes hurting cold and I am happy I have a cloak however thin. Reverend Father excuses himself to go elsewhere on the boat and tells me to stay exact where I am. A woman comes to me and says stand up. I do and she takes my cloak from my shoulders. Then my wooden shoes. She walks away. Reverend Father turns pale red color when he returns and learns what happens. He rushes all about asking where and who but can find no answer. Finally he takes rags, strips of sailcloth lying about and wraps my feet.
[和訳] たばこの葉を乾燥させるための吊るし作業が終わると神父さんは私をフェリーに乗せます。次は二本マストの舟、そしてボートに乗ります。次に、本と食べ物を入れた二つの箱の間に私を括りつけます。二日目は痛い程の寒さで薄いとはいえクロークが役立ち幸せです。神父さんはボートに乗って一人で出かけます。私にはこの場を離れない様にと言い聞かせます。一人の女がやってきて私に立ち上がれと言います。立ち上がるとクロークを私の肩から取り去ります。次いで私の木の靴も。女は歩き去ります。神父さんが戻って来て何が起こったかを知って顔をピンクに変えます。彼は急いで近くの場所に駆け出し誰の仕業か尋ね回ります。誰も教えてくれません。仕方なく神父さんは私に敷物や船の帆布の切れ端を拾い集めて私の両足にかぶせます。

Lines 17-27 on page 5,"A Mercy" Vintage ed. Paperback


B. 元気な商人の Jacob が貸した金の取り立てに押しかけた相手は自分の奴隷の一人を返済金に充てたいと言い出します。

"Flesh was not my commodity." (自分は肉体を取り扱わない)と自分の中で考えていたし、相手に "My trade is goods and gold, sir." (私の取り扱い品は物とゴールドです。)と大声で反論したのですが、相手の農園・邸宅でメインの料理人役を果たしている奴隷女性の娘である 7 才位の女の子が目の前に現れると考えがふらつきます。

[原文2] "My answer is firm," said Jacob, thinking, I’ve got to get away from this substitute for a man. But thinking also, perhaps Rebekka would welcome a child around the place. This one here, swimming in horrible shoes, appeared to be about the same age as Patrician, and if she got kicked in the head by a mare, the loss would not rock Rebekka so.
"There is a priest here," D'Ortega went on. "He can bring her to you. I'll have them board a sloop to any port on the coast you desire …"
"No. I said, no."
Suddenly the woman smelling of cloves knelt and closed her eyes.
They wrote new papers.
[和訳2] 「私のこの返答は本気です。」とジェイコブは相手に話しました。しかし頭の中では、男の奴隷の代替え品として、ここに現れた子供を、連れ帰るのは断るべきだと考えていた一方、家に子供がいることを、レベッカは喜ぶかもしれないとも考えました。 おぞましい靴を履いて何が起こっているのか理解できないでいるこの子供は、パトリシアン(事故で亡くした自分たちの子供)と同じ位の年齢に見えました。この娘なら、もしも仔馬に頭を蹴られてケガをするようなことになっても、レベッカはあの時ほどの酷いショックを受けないかもしれないと考えたのでした。
  「この地域には神父がいて、彼に命じてこの娘をあなたの所まで送り届けることができるのです。私はこの娘と神父の二人をあなたが指定する船着き場まで船に乗せて行かせますよ。・・・」とオルテガ氏は言いました。
  「いいえ。私はダメだと既にお断りしました。」とジェイコブは繰り返しました。
  するとその時突然に、娘の母である女、あのクローブの匂いがする女が膝を地面につけて目を閉じました(その娘を引き取ってと嘆願し始めたのでした)。
  ジェイコブとオルテガ氏は新しい合意書を書き上げました。

Lines between line 24 on page 24 and line 6 on page 25,
"A Mercy" Vintage ed. Paperback


C. 人を品評会(競り)に掛けて値踏みするのは決して黒人奴隷に対してだけではありません。

Toni Morrison の作品では白人の女性レベッカも品評会に出され選別されるがごとくにして英国での困窮家庭からここアメリカの独身男であるジェイコブのもとに嫁いでやって来るのです。(恋心を抱いて相手を追い求めるのも白人・黒人の間に違いが無いのですと無言で示しているのです。)

[原文3] His own Rebekka seemed ever more valuable to him the rare times he was in the company of these rich men's wives, women who changed frocks every day and dressed their servants in sacking. From the moment he saw his bride-to-be struggling down the gangplank with beddings, two boxes and a heavy satchel, he knew his good fortune. He had been willing to accept a bag of bones or an ugly maiden--in fact expected one, since a pretty one would have had several local opportunities to wed. But the young woman who answered his shout in the crowd was plump, comely and capable. Worth everyday of search made necessary because taking over the patroonship required a wife, and because he wanted a certain kind of mate: an unchurched woman of childbearing age, obedient but not groveling, literate but not proud, independent but nurturing.
[和訳3] ジェイコブは、頻繁ではないものの、お金持ちの男の家族、その妻や娘たちと同席することがありました。そんな時には自身の妻レベッカは自分にとって掛け替えのない人だなとの思いを新たにするのでした。その種の男たちの妻や娘たちときたら、衣服を毎日取り換える一方、召使たちには麻の粗い布仕立ての服を着せるのですから。レベッカについては、枕やクッション類と二つの衣装箱、そして重い袋カバンを一人で抱えて桟橋への板掛け通路を降りてくる女性、妻として迎えることになった女性の姿を初めて目にした時から幸運が到来したと思ったのでした。何故ならこの瞬間までは、ぎすぎすに痩せた女であっても、如何に醜い容姿の女であっても仕方がないと内心では覚悟していたのです。いやそれどころかそのような女しか嫁に来てはくれないだろうと思っていたのです。美しい女性なら英国国内に嫁ぎ先の候補が幾つも見つかるはずだからです。ところが彼が桟橋に降りてくる一群の若い女性たちに向かって叫んだ彼女の名前に反応したのは小太り、こざっぱりしていて有能そうでした。来る日も来る日も月日を掛けて探し続けた甲斐があったのでした。そこまでして探したのは必要に迫られてのことで、ジェイコブは広い土地・屋敷を相続した結果、妻が必要になったことに加えて、自らが、結婚の相手としては、子供を産める年齢であってローマ教会に属していない女性、柔軟な性質であると共にそうであっても服従するしか能の無いということでは無い女性、読み書きができると共にそうであっても高慢でない女性、一人でも生きていける強さを持つと共にそうだからと言って他の人々から学び続ける謙虚さも持つ女性を望んでいたからでした。

Lines 10-23 on page 18,"A Mercy" Vintage ed. Paperback


D. 人々の生活、生きる人々の頭の中にあるものが描かれるのですが、その背景・舞台の描写にも力が込められられています。

奴隷たちの扱われ方は読むに耐えがたい所が多いので、それ以外の舞台要素である次の文章を取り上げます。居酒屋で、がなっている男から Jacob が引き出した話は次の通りです。

[原文4] "What laws? Look," he went on, "Massachusetts has already tried laws against rum selling and failed to stop one dram. The sale of molasses to northern colonies is brisker than ever. More steady profit in it than fur, tobacco, lumber, anything--except gold, I reckon. As long as the fuel is replenished, vats simmer and money heaps. Kill-devil, sugar--there will never be enough. A trade for lifetime to come."
"Still," Jacob said, "it's a degraded business. And hard."
"Think of it this way. Fur you need to hunt it, kill it, skin it, carry it and probably fight some natives for the rights. Tobacco needs nurture, harvest, drying, packing, toting, but mostly time and ever-fresh soil. Sugar? Rum? Cane grows. You can't stop it; its soil never dies out. You just cut it, cook it, ship it." Downes slapped his palms together.
"That simple, eh?"
"More or less. But the point is this. No loss of investment. None. Ever. No crop failure. …….. In a month, the time of the journey from mill to Boston, a man can turn fifty pounds into five times as much. …
[和訳4] 「法律だと? 考えてみなさい。マサチューセッツ州ではラム酒の販売を規制する法律を作ってはみたのに? 酒一滴の販売すら止められなかったでしょう。北部の植民地州に向けた糖蜜の販売がこれまでにない繁盛です。この商売は儲けが安定しています。私の見る処、毛皮、たばこ、木材、他にも色々あるだろうがゴールド以外には負けるもの無しです。燃料の薪さえあれば鍋は煮え続けます。そしてお金は溜まり続けるのです。ラムと砂糖、これだけはいくらあっても余ることはありません。今後も一生続く商売ですよ。」
  「そうは言ってもヤクザな商売で、関わる連中は粗暴な輩ですが。」とジェイコブ。
  この男、ダウンズ氏は続けました。「このように考えて見るといいのです。毛皮となると狩猟に出て、獲物を殺し、皮を剥ぎ、輸送もし、時には原住民との利権争いも起こります。たばことなると養育が手間ですし、収穫作業があり、乾燥作業、梱包作業、輸送作業にも手間がかかります。もっと問題になるのは収穫までの日数と土地の劣化です。次々と新しい土地が必要になります。砂糖、ラム酒となると、サトウキビだがこれは勝手に成長します。成長を停めるのができないくらいです。土地が劣化することもありません。必要になるのは刈り取る作業と煮だす作業と輸送する作業だけです。ダウンズ氏は掌を叩き合わせました。
  「本当に簡単ですね。」
  「概ねそうですよ。ここでもっと大事なのは次の点です。投資したお金が無駄になることが無いのです。失敗に終わった年なんぞ経験ありません。不作の年は無いのです。・・・一ケ月もすれば「煮だし工場」からボストンにむけて出荷できます。この一サイクルで投資した 50 ポンドが 5 倍のお金になって戻って来ます。・・・」と話してくれました。

Lines 2-27, except lines 21-24 on page 29,
"A Mercy" Vintage ed. Paperback


E. Study Notes の無償公開

以下に原書「A Mercy」の1ー33ページに対応する私の Study Notes を公開します。文書は両面印刷すると A4 サイズの用紙を二つ折りにしてなる A5 の冊子になる様にフォーマットされています。