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第十七回 守護霊

「じゃんけんとはなんだ?」学究の問いに呉羽の脳内でブチッと何かが弾けた。「くぉのぉ!アホ背後霊がぁ!ジャンケンのルールも知らないクセに偉そうな事言ってぇぇ!」猛り狂う呉羽。
「む!呉羽お前!今、我を愚弄したろう!言葉の意味は分からぬが、悪態をついているのは分かるぞ!」呉羽の罵詈雑言に青筋を立てる学究。
お約束の痴話喧嘩が始まる憑代と憑依霊。
「・・・く、くれっち?」戸惑いながら口を挟もうとする唐音を「まって!今、このアホ背後霊にジャンケンのルールを教えるから!」と呉羽が遮る。
「だから、その阿呆呼ばわりをやめんか!我を誰だと思っておるのだ!」「うるさい!今から説明するから黙って聞きなさい!」ぎゃあぎゃあと子供の口喧嘩を挟みながら四、五分程度でジャンケンのルール説明が完了した。
「はぁ、はぁ・・・理解した?これがジャンケンよ。」たかがジャンケンされどジャンケン。
生まれた国も時代も違う相手に「自分の世界の常識」を伝える事の難しさを呉羽は痛感していた。
「フム。紙が石を包むから勝ちなど、今ひとつ納得できぬ部分はあるものの、遊びの方法は理解した。」顎髭を撫でながら満足気な学究。
「はぁ、そう良かったわ・・・。」安堵と共に肩を落とす呉羽。
「さて、呉羽。このじゃんけんという遊び、鯔のつまり【華撃】だな。お前はまんまと、あの娘に担がれたワケだ。」
「へ?何言ってるの?」「グーは石、言い換えれば石礫を投げる【投撃】。チョキは鋏、つまり刃を交える【接撃】。そしてパーは物理攻撃を一網打尽にする【策撃】と考えれば、華撃の三撃の習わしそのものだ。あの娘、遊びと称して初めから華撃を仕掛ける気だったのだろう・・・。」「いや、あの子はそんな裏のある子じゃ・・・。」「仮にコレを無意識にやっているなら、それはそれで危険な娘だよ。」呉羽は唐音の天真爛漫な顔を見て「そうかなぁ?」と首を傾げる。
「それともう一つ、あの遊具だが、何か良くない気を感じる・・・。」
「おーっと、そこまでだ呉学人!まったく、頭の良い奴はなんでも言い当てやがるから面白くねー!これは遊びダゼ!遊びは楽しくなくちゃぁな!」学究の助言を遮るように赤髪鬼が吠えた。
「劉唐よ。私は遊んでいる暇などないのだが・・・。」「フン。口調が昔に戻ってるゼ、呉学人。」「何があって、そんな姿になったのか知らぬが、私の前に立ちはだかろうと言うのなら、手段を選ばぬぞ。」「良いね。鼻つまみ者の山賊軍師っぽくなってきたじゃねーか!」「・・・所詮はお前も私も同じ穴の狢か。良かろう吠え面をかかせてやる。」ジャンケンゲームを挟んで睨み合う憑依霊の二人。
「えーっと・・・ところで、お二人はボタンは押せるのかしら(汗)」呉羽がもっともな疑問を投げかける。
「心配すんなよ嬢ちゃん!コイツは俺様の特注品だ!霊体でも実体でも触れる事ができるゼ!」「トンポヨは見かけによらず器用な奴なの!エヘン♪」満面の笑みで胸を逸らす憑代と憑依霊。
「あぁ、そーなのね・・・もぅなんでもいいや。。。」呆れ顔の呉羽。
「さぁ!始めるよ!三撃の習わしに従い、ジャンケン!初め!じゃ〜ん♪」唐音がゆるーく戦のドラを鳴らした。
赤髪鬼が脳内で戦略を巡らす「ふふふ・・・呉用の奴は気づいてるハズだ。このゲーム台が只のジャンケン台じゃないって事を・・・この台は俺様が念で捻り出した霊力の固まり。コイツのボタンを押す事は、すなわち華撃の技を繰り出す事と同義!当然ながら憑代の精神力を餌にする。聞けば、あの嬢ちゃんは素養を活かしきれずに呉用を召喚できなかったって話じゃねーか!ってー事は、満足に華撃ができる精神力がない、アマちゃんって事だ!呉用は気勢を張ってやがるが、昔っからココ一番って時には尻込みする奴だった。当然、無理な攻撃を選ばず嬢ちゃんの身を案じて・・・。」小声でブツブツ呟く赤髪鬼を見て「大方、私が呉羽の身を案じて・・・などと考えているのだろうな。アレはアレで人情が捨てられぬ男だった。まったく阿呆は死んでも変わらぬな・・・。」思わず口元を綻ばせる学究。
「いくぜ!呉学人!じゃ〜んけ〜ん!ポン!」憑依霊の二人が同時にボタンを押す・・・っと「ヤッタネ!」と電子音が鳴り響いた。
勝者は・・・学究だった。
赤髪鬼側の画面には「チョキ」の表示がされていた。「バ、バカな!呉用てめぇ!よりにもよって嬢ちゃんが一番消耗する接撃をなぜ選んだ!?」赤髪鬼が叫んだ直後に呉羽が膝から崩れ落ちた。咄嗟に駆け寄り呉羽を受け止める唐音。
気絶している呉羽を見つめ学究は「頑張ったな呉羽・・・。」と小さく呟く。
「答えろ呉用!ナゼだ!」詰め寄る赤髪鬼。
「・・・騒ぐな兄弟!私達は招安を得る為に数多の裏切り、恐喝、悪事のかぎりを尽くし梁山泊に立て篭もり四奸の悪政と戦ってきた!今更、異国の娘一人に何を情にするものか!」学究の非情な言葉に肩を振わせる赤髪鬼は「見損なったぞ呉用!お前がそんな事を言いやがるとは思わなんだ!」と学究を罵った。
「この娘は・・・呉羽は、お前が思っているほど柔ではない。一年間、ずっと見守ってきたのだ。憑代としての素養がないと告げられた時、私は呉羽の背中を押してやる事が出来なかった。だが呉羽は自らの意志で前に踏み出した。自分の技量を活かして補佐役に徹し、仲間を高みに導いた!この娘の強さはソレなのだ。私はこの娘の願いを叶える為に、この国、この時代に降りたのだ。劉唐よ。お前も同じでは無いのか?」
激しく、荒々しく、そして慈しみに満ちた言葉の後、学究はそう劉唐に問いかけた。

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