毒を出す

いつもご覧いただき、ありがとうございます!

さて今日は。
勇気をもって毒を出したいと思います。

わたしは幼い頃からいい子ちゃんでいたがるきらいがあって
人のことを悪くいうだとか、影口が苦手で
自分の怒りや悲しみをうまく出せないんですよね。

これがうまく出せるような
コミュニケーション上手に憧れます。

その一歩として
自分の中にある、
自分としては"よくない"と思っている感情を
自分の言葉で出してみようと思います。

今回は以下の3つについてお話ししているので、
相変わらず長い長ーーい内容ですが…
よかったらお付き合いくださいませ。

1.子どもをもうける勇気がない話
2.自分を生きていなかった話
3.父との確執

そろそろ目次の付け方を調べて覚えようと思う。
 

1.子どもをもうける勇気がない話

分かる人には分かる話。
第一にこの日本で幸せに暮らせるような教育を、わたしができない。自信がない。子どもは勝手に育つというが、親がどんなことを制限させ、どんなものを与えるか。物心がつくまでは親の教育がその子の人生において重要だろうなと思う。
第二にお金の問題。自分のことで手いっぱいなのに。借金してでも育てますという気概はない。
第三に痛みに耐えられない。痛い、苦しい、辛い、しんどいが嫌いだから生きているような人間だ(この文脈がわからない人は、どうかわからないままであってほしい。)それが生物で最も難産と言われる人間の、おおよそ耐えかねるであろう出産を経験したいか?というと…

正直、かわいい子が生まれれば、と憧れた時期はある。でもたぶん、これば生存本能が見せたまやかしだと思う。

でも他人の子は可愛いと思う。
自分に責任がないから。
そして単純に、爛漫で純真で守らなければと思わせるあの可愛さ。

だからわたしは
友人の子はすこぶる可愛がりたいし、
できることなら都度お祝い金も贈りたいし
ランドセルに始まり大学の教育資金までもお世話したい。(まぁ無理な話だし、よその家庭のことなので実際にはそこまでしない。)
ただ、それくらい可愛いのだ。

美琴ちゃんという子がいるのだが、
この子がわたしがオトナ(笑)になって出会った
初めての赤ちゃん。

うわぁ、小さい。
守らなければ。

友人のhが当時、特殊な状況に置かれてしまったことも相まってだと思うけれど、
この子は幸せにならないといかん、と強く思った。

だから、不幸な子を産むくらいなら
今ある命を大切にしたいというのがわたしの毒。

きっとわからない方には分からない話。

2.自分を生きていなかった話

昔からいい子でいたかった。
性格は遺伝もあるが、環境によるものも大きいと物の本で読んだ。
だからきっと「いい子」というのはわたしの生存本能。

小学生の頃から委員会やらリーダーやらに、積極的に取り組んでいた。

本当は、有象無象を支配するのが気持ちいいだけだったんだけど、あるときそれがポッキリ折られた。
支配する側にはするなりの知性・カリスマ性・統率力がないとダメなんだと、ここまでハッキリとではないが漠然と「自分には足りない」ということが分かってしまった。

それでも、分かりやすくいい子でいたいがために
委員会やリーダーには積極的に取り組みつづけた。

高校受験を控えたあるとき。
家が近いから、公立だから、それだけの理由で高校を決めた。学科はさすがに自分で選んだが。
その当時、無理だと分かっていたけどファッションデザイナーに憧れていた。だから服飾科がある私立のオープンキャンパスに行ってみたり、公立の服飾科の資料を集めてみたりはしていた。
でもわたしは進学しなかった。
結果、このときの選択は間違ってなかったと思うし、学科は自分で選んではいるけれど、どこかで「母を困らせたくない」「迷惑をかけたくない」といい子の自分が顔を出す。
この時、笑われてもいいからデザイナーになりたいことを打ち明ければ良かった。そうすれば消化して次に進めただろうに。

しばらくは無意識のうちに、自分じゃなくて「母が」悲しまないような選択をしていた。無意識に。

高校の時から生徒会に入り、勉強も頑張って
大学は私立だけど一番学費が安いところ。
さらに当時まだ残ってた推薦という制度でいけたし
無利子の方の奨学金を借りて、それで大学へ行った。

大学では本当の自分が少し顔を出す。
燃え尽き症候群だったのは部活じゃなくて「いい子でいる自分」に対してだったのかもしれない。
自分と向き合うのが嫌で嫌で、就活が本当に嫌だった。
もう自分を取り繕うことができなくなっていた。

それでも母が心配する。
卒業して3〜4ヶ月、コールセンターに就職した。
本当は事務職がよかったが、定員オーバーと言われ、よかったら電話対応してみない?と誘われた。
断ると気まずいよな…

今考えれば、お前それでいいのか?である。

結果、1回目の抑うつで休職のち退職している。
言わんこっちゃない。
これまで母の人生を歩んできたのだ。母が悲しまないような。これはこれで立派だと思う。だけどやっぱり納得がいかない。なんで挑戦したりぶつかったりしてこなかったんだ、と怒りが湧く。

そして今。
パートナーも鬱で退職を余儀なくされた人間だ。
わたしはこいつを「守らないと」と思っている。

友人mちゃんからはこう言われた
「じゃあ7っちゃんのことは誰が守るの?誰がケアするの?」

正直、その時は「???」だった。
言っている意味がわからなかった。
誰かに守られなければならないのか?

そして、時間が薬、楽しいは薬。
しばらくして自己理解がたのしくなってきてから
ふと思った。

「わたし今、パートナーの人生を歩んでるわ」

あの時mちゃんに言われた言葉の、その意味がしっかりと理解できた。わたしって可哀想じゃん!
そこから、昔から自分の人生を歩んでなかったことに気がつき、わたしはわたしの人生を歩きたい!と思うようになった。
正直、こわい。
今さら自分のやりたいように生きれない。失敗してこなかったんだから、失敗の方法もわからない、コケ方がわからない。

でも、もう誰かの人生を歩くのは不毛だと気づいてしまった。

誰かのせいにしたい、自分じゃなくて。
母のせい?パートナーのせい?日本の教育?
選んだのは自分、自分の生存本能。

これからは理性で生きていきたい、と思ったお話。

3.父との確執

これが一番応えるな…。
三兄弟、みんな可愛がってもらっていたと思う。
小学生のころは一緒にお風呂に入ってたし、
中学に上がっても、まあ普通に会話してたと思う。

元々帰りが遅い人だった。22時くらいに帰ってくる。あぁ、残業してるんだな、立派な人だと思っていた。
我々子どもは学校があるし、母も子どもに合わせて早寝な人だった。だから自然と距離があいた。

そしてリーマンショック。
彼はリストラされた。
三兄弟が集められ、肩を掴まれ、告げられた。
姉は泣いていた。下の子はよくわからない、けど不安だという顔をしていた。
わたしはなんで?!と思った。夜遅くまで残業し、休むこともなく勤める人が?リーマンショックの恐ろしさを身をもって体感し、これからどうやって生きていこうと先を案じた。

本来なら、父に寄り添うべきだった。
でも"いい子"でいることに慣れきったわたしは、父にリストラされた人というレッテルを貼り、こいつはもう役に立たない人間だと認定してしまった。

カウンセラーさんに話をしたとき腑に落ちたのが
「お父さんのこと、好きだったんですね」といわれた言葉。
子どもに甘くて、遅くまで仕事をして、家庭のために働いてくれた父。わたしはそんな父が好きだったのだ。

リストラされて、社会の役に立たない父はキライだった。

そして、思春期も重なり、挨拶すらしなくなった。高校三年間は丸々無視し続けたような気がする。2DKのアパートで無視するのは気まずかったけど、そうするしかわたしの心の置き所がなかったのだ。

だから、大学生になって「新歓にいきたい」と言ったとき
頭ごなしにダメだと怒られたのは、当然かもしれない。

わたしにとっては、
今までは子どもには甘かったのに、
突然「ダメだ」と言われて
やはり父は変わってしまった!と思った。

この頭ごなしに怒られたことが
しこりの原因、きっかけだと思っていた。

何年間も無視され続けた腹いせだったんだろうな。そりゃそうだよな。

でも、わたしは許さない。
子どもは自分の支配下にあると思っているあの
偉ぶった態度。横柄だ。
リストラされたことも、本当はきっと許せなかったんだろうな。父のせいじゃないのに。

父はちょうど60で他界した。
正直ほっとした。
もう監視されることはない、
もうギスギスすることはないと思うと
晴れやかだった。
これで自由に実家に帰れるし。

ただ、この確執を遺したまま逝ったことは許せない。どうせならこのモヤモヤも吸い取ってくれればよかったのに。
まぁ、あのおっさんにそんな器はないわな。

 

こんな感じで、自分の毒と向き合ってみました。

これを、他人事だと思って読んでみると
案外なんて事ないんですけど
自分事で考えるとなぜか大袈裟になる。

不思議ですねぇ。

あと、お口が悪くなってすみません!
素直な感情を出したいと思ったら
口を悪くしないと違和感しかなくて。
気分を害された方には謝罪を申し上げます。

せっかくお読みくださったのに、気分を悪くしてしまいすみませんでした。

ただ、これで素直な気持ちを吐き出せました。
10数年抱えてたものなので、ちょっとスッキリ。
ようやっとぼそぼそと吐き出せるまでになりました。

コーピングでいうならば、
問題解決型・対決型になるのかな?
壁打ちだけど…。

こころが疲れるし、暗〜い気分にはなりますが、
乗り越えてみるとスッとする部分もあります。

体調や気分がいいときに、ぜひ
対峙してみるのも、悪くないと思います!

これをやってみて、
まだまだもやっとするところあるので
繰り返し、繰り返し、
自分の中のモヤモヤを乗り越えていきたいと思えました。

うーーん、気にしないって難しいなあ!
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