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"合宿中の部員"までもが料理上手に…コロナで継続危機の企画、救った「無敵のツール」とは


包丁を持つ手の動きは、おぼつかないものだった。

にもかかわらず、調理自体はよどみなく進んだ。
おかず、汁物が同時並行でつくられ、いかにもおいしそうに盛り付けられていく。

Zoomの画面の向こう。エプロン姿の男性たちが、笑顔で口をそろえる。
楽しいーー。この料理教室、もっと続いたらいいのにーー。

その様子をみながら、イベントを運営した藤田愛さんは胸を熱くしていた。

「オンラインだと事細かに説明していくのが難しいんですけど、このツールさえあれば簡単に理解をしてもらえる。参加した男性のみなさんにも、本当に楽しんでもらえて…」

画面共有されていたのは、いわゆるフローチャートだった。

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ビジネスの現場ではよく見るもの。
だがなぜ、それが料理教室で…?

第三者の疑問をよそに、藤田さんが得ていた感触は確信に近いものがあった。

「やっぱりこのツール、無敵なんじゃないか、と」


「著名人」の呼びかけ。返ってきた連絡


藤田愛さんは「食いしん坊ディレクター」と名乗っている。

食べることが大好き。そして、地元である茨城が大好き。
だから「地域」や「食」などに関わる仕事がしたいと考えてきた。

企画会社で働いていたが、2019年に独立に向けて動き出した。
フリーランスの立場で、食にまつわる企画を立て、プロデュースする活動を始めようと考えた。

そんな折に、Facebookで友人がシェアしていたある投稿をみかけた。

わたしは、男性の料理力を上げるプロジェクトをはじめます。そして仲間を募集します!!

呼びかけていたのは、クックパッドのコーポレートブランディング部本部長、小竹貴子さんだった。

あの料理レシピサービス「クックパッド」の初代編集長。
いまもメディア出演・連載ひっきりなしで「料理界にこの人あり」と誰もが認める著名人だ。

小竹貴子さん

投稿には多くのコメントがついていた。シェア数も伸びている。
おそらく、たくさんの関係者が「参加したい」と申し出ていることだろう。

小竹さんのような人と仕事をしたいと思うのは、藤田さんも同じだった。
独立を控えたこのタイミングで投稿を見かけたことに、運命のようなものを感じた、というのもあった。

思い切って応募してみた。
しばらくすると、小竹さんから連絡が返ってきた。

「一度お会いしたい」

こうして藤田さんは、新しいプロジェクトのコアメンバーになった。


業界トップランナーの「力」


2019年6月20日。都内のスタジオ。
藤田さんは、料理教室に参加する男性たちの自己紹介を聞いていた。

「キャベツの千切りもできません」

「でも、妻が仕事で帰りが遅くなったときに『じゃ、なんかつくっておくよ』と言えるようになりたいんですよね」

小竹さんのもとに、4人のコアメンバーが集って始まった取り組みは「料理男子プロジェクト」と銘打たれた。藤田さんは主に、広報領域を担当することになった。

知ってはいたが、小竹さんの知名度、情報を拡散する力はずば抜けていた。
全く料理に慣れていない男性のための料理教室を開催する。そう告知すると、参加者はあっという間に集まった。

当日も大いに盛り上がった。

その様子をみながら、藤田さん自身も思い返すところがあった。

何不自由なく、愛されて育った。今も家族のことは大好きだ。
だからあまり意識しなかったが、よくよく考えれば典型的な「母しか料理をしない家庭」だった。

父は器用だ。おそらく、料理をしようと思えばできる。
だが、しないのが当たり前になっていた。父にとっての当たり前ではない。家族みんなにとっての当たり前、だった。

父も料理をする家庭だったら、もっと楽しいことがあったのかもな。
そんな考えが頭をよぎった。

そして、これこそが「共感」なんだなとも思った。

その場にいるみんなが「自分ごと」と思えるようなテーマを設定する。
そうやって「広く共感を呼ぶイベント」として成立させる。業界のトップランナーである小竹さんならではの仕事だと感じた。

応募してよかった。心から、そう思えた。

吹き始めた逆風。人知れぬ悩み


だが、当の小竹さんは悩んでいた。

このプロジェクトを続けるのは、簡単ではないのかもしれない。
そんなことを感じていた。

男性が料理を始める。
それはいわば、世のあり方そのものを変えるような大きな目標だ。

道のりは遠いと、覚悟はしていたつもりだった。
幸い、採算性を求められているプロジェクトではない。一度のイベントでアプローチできる人数は少なくても、地道に積み重ねていけばいい。

そう思っていたが、目論見が外れた。
新型コロナウイルスのまん延がはじまったからだ。

「対面での教室をすべて中止にすることになった。地道に、さえもできなくなったんですよね。これは先が見えないなと」

悩むのは自分や、会社のために、ではない。
藤田さんのようなフリーの立場の人を、見通しのたたないプロジェクトに巻き込み続けていいのか。そんな葛藤だった。


わたしたちには武器がある


悩みが伝わったのだろうか。
藤田さんから「直接、お話がしたい」と申し出があった。

2020年3月、2人はコロナで人通りのまばらな神宮外苑前で落ち合った。

「続けていいのかしら」

小竹さんは率直に、悩みを打ち明けた。

藤田さんは驚いた。
だが、すぐに言葉を返すことができた。

「私たちには武器があります!」

一拍置いて、語気を強める。

「あのツール、図解レシピがあるじゃないですか」

ホワイトボードに描かれた「手がかり」


「たしかに僕も、武器はできた、と感じていました」

もうひとりのコアメンバー、日下部純一さんもそう言ってうなずく。

「図解レシピには、そう思わせるだけのものがあったんです」

もともと、料理は好きだった。
食事の準備も含めて、夫人ときちんと家事を分担できているほうだった。

それだけに「料理男子プロジェクト」のメンバー募集をみて思った。
料理ができない男性の家庭は、いったいどうやって夫婦間のバランスをとっているのだろうか。

料理ができるようになるだけで、家庭のあり方は変わる。
そう伝えたくて、チーム入りを志願した。

「食事を準備するというのは、一品だけをつくれればいいというものではないですよね」

日下部さんはそう言ってうなずく。

たまに料理をする男性がよく陥りがちなのは、1つの品だけに時間も労力も、お金もかけすぎることだ。
本当の「食事の準備」はそうではない。何品かのおかず、そして汁物を一度に仕上げる必要がある。だから、それぞれの調理を並行して行えた方がいい。

どうやったら、複層的な作業工程をわかってもらえるか。
ふと、思いついた。

男性には、フローチャート形式がいいのではないか。

職場でも見慣れた形の工程表にすれば、受け入れられやすいはず。
目論見は当たった。料理教室の参加者はみな、ホワイトボードに書かれた手順をみて「わかりやすい」と口をそろえた。

ホワイトボードを指差して、誰かが言った。「これ自体がレシピですね」
そうやって生まれたのが、チャート図で説明するレシピ。つまり「図解レシピ」の原型だった。



コロナ以前からの「布石」とは


これは武器になる。
そう考えた藤田さんと日下部さんは、料理教室に参加できなかった人々を対象に、チャート図レシピを郵送する取り組みを始めた。

広くモニターを募り、声を集める。
図解レシピに基づいて料理をつくってみて、どう感じたか。
フィードバックをいかす形で、少しずつレシピの完成度を高めていった。

2020年に入り、コロナが世界を覆った。
料理教室が開けない状況を迎えたころ、藤田さんはSNSでこんな発信をしていた。

「図解レシピが手助けになるかもしれない」

もともと感染拡大以前から、チャート図レシピを郵送して「リモート教室」の形をとっていた。
コロナで対面形式の教室ができなくなっても、図解レシピを使えば料理の指導はできる。運命的なものすら感じた。

だから、小竹さんの「プロジェクトをたたもう」という通告に、すぐに意見を返せた。
「私たちには図解レシピがある」と。

覚悟がもたらした手応え


「私にやらせてください、という言葉を、久々に聞いた気がしました」

小竹さんはしみじみと言う。

「とくに会社組織にいると、あまり聞かない。すべてを背負う覚悟を決めないと、言えない言葉だからでしょうね。実際、あの日を境に、藤田さんは変わりました」

藤田さんは猛然と動き出した。

すぐに「オンライン男の料理教室」と銘打ったイベントを企画。
noteにつづった告知記事にはこうつづった。

昨年よりモニターの方々にご協力いただき積み上げてきた初心者男子向けのノウハウを生かし…図解レシピを活用して行います

料理男子プロジェクト by Cookpad より

一方で、小竹さんにもこう依頼する。

「貴子さん、講師お願いしますね!」

イベントは成功した。
参加者は見事に料理を仕上げていった。

それだけではない。
全員が「教室が終わるのがさびしい」と口をそろえた。

サッカー部員たちの目覚め


それまでは、業界のトップランナーである小竹さんに遠慮するところもあった。イベントの告知も、彼女の並外れた拡散力に頼る形になっていた。

自分から「続けたい」と言った以上、甘えるわけにはいかない。
なりふりかまわず、藤田さんはさらにプロジェクトを展開していった。

ある大学のサッカー部が、合宿中の食事に困っていた。
コロナまん延の影響で、栄養士を帯同できなくなってしまったのだ。

これを聞きつけた藤田さんは、料理男子プロジェクトの「特別版」を提供した。部員30人を、図解レシピを用いたオンライン料理教室に招待したのだ。

それまでの参加者はみな「おいしい料理ができるようになりたい」と希望していた。でも部員たちは違う。空腹さえ満たせればいい。
サッカー部の監督は「みんな料理ができなくて、餌みたいな食事をしている」と評していた。普段の食生活もひどいものだった。

それが、図解レシピと小竹さんの指導で、ほぼ全員が料理に目覚めた。
ワークショップ後も毎日、調理にいそしむようになった。藤田さんのもとには、キレイに盛り付けられた料理の写真が送られてきた。

料理自体に彩りも、バランスの良さもある。
写真を見るだけで、工夫をこらし、愛情を込めて料理している姿が、目に浮かんだ。

胸が熱くなった。
やはり、図解レシピには力がある。あらためてそう確信した。

根強い支持。予期せぬ知らせ


藤田さんはイベントの様子を、可能な限りレポート記事に起こした。
さらに、改良に改良を重ねた図解レシピを、noteで惜しげもなく公開した。

これらがものすごくバズった、というわけではなかった。
単純に数字だけでみれば、約5,800万人(2021年6月30日時点)のユーザーを持つクックパッドのプロジェクトとしては、物足りないものとも映る。

だが、他でもない「クックパッドの育ての母」小竹さんが、noteでの発信に価値を見出していた。

「経験上、爆発的に拡散するタイミングの手前には、本当に信じてくれる共感者をつくるフェーズがある。そこを飛ばして爆発させようとしたら、ネタ的なものを仕込むしかなくて。結果的に本質から外れてしまう」

「noteは有名な人だけが目立つ場ではないので、強い思いさえ打ち出せれば、強い共感を得ることができる。藤田さんがやっていることは、いまのプロジェクトのフェーズにすごく合っているな、と思って見ていました」

熱のこもった文章とともに、レシピは根強い支持を得ていった。
そして思いもしなかった反応が、プロジェクトのメンバーに届くことになった。

・・・

2020年の年末。
その知らせは、noteの運営チームを通してメールという形で届いた。

図解レシピを書籍化したい。
そんな申し出が、出版社からあったというのだ。

コロナにつぶされかけたプロジェクトが、ついに花を咲かせた。

糸口が見えなくても。保証がなくても


あらゆる企画を成功に導いてきた小竹さんが、素直にこう認める。

「謝らないといけないですよね。他のプロジェクトも抱えていて、忙しくなっていたこともあって、優先度が下がってしまっていたところもあった。そうじゃない、って藤田さんに言ってもらえたのは、本当によかった」

日下部さんも同調する。

「やっぱりターニングポイントは、あそこでやめずに続けたことです。僕も続けたいと思っていたのですが、糸口を見出すことができなかった。なんとかしなきゃと思いながら、何もできていなかったなと」

藤田さんのおかげ、と口をそろえる2人に対して、当の本人は首を振る。

「私にも、なにか糸口が見えていたわけじゃないんです。ただただ、図解レシピの開発や推進を、ここで辞めてしまったもったいないと思っただけで。プロジェクトを切り盛りする立場として、小竹さんの判断はあるべきものだった気がします。続けても、なにかすごいことが起こせる保証もなかった」

ただ、続けることで、事態を動かせた。
業界のすべてを知り尽くした小竹さんの想定すらこえることができた。藤田さんは振り返る。

「noteに思いのたけを書くことで、誰かが応援してくれているみたいな気持ちになれた。それが活動を続けるきっかけになったところはありました」


共感してもらえない、と足を止めずに…


藤田さんは図解レシピにまつわるnoteを書き続けている。

本の出版後には「勝手に図解レシピ」という企画をスタートさせた。
著名なシェフやレシピ開発者などがつくったレシピを複数組み合わせて、調理の段取りを図解することで、複数の料理を同時に仕上げていくことを可能にする、というものだ。

「勝手」とうたうが、実際にはシェフやレシピ開発者には事前に許可をとっている。
その誰もが「面白い」「わかりやすい」と喜んでくれる。もちろん、読者からの反響も大きい。

図解レシピのnote記事が中心になって、料理の世界に共感の輪が広がりつつある。
続けることで、道は切り開ける。そんな実感から、藤田さんは言う。

「やりたいことはあるけど、誰も共感してくれないだろうな、と言って足を止めている人にこそ、書くことをおすすめしたいです」

料理男子プロジェクトby クックパッド
クックパッド株式会社が展開する、料理を通じたコミュニケーションを図るプロジェクト。図解レシピは、自称・料理ができない男性を集めて開催した料理教室で偶然生まれた。
note:https://note.com/cookboy/ 
Twitter:https://twitter.com/cookboy_PR
書籍の購入はこちらから

小竹貴子さん
クックパッド株式会社Evangelist コーポレートブランディング部本部長。
日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2010」受賞。著書『ちょっとの丸暗記で外食レベルのごはんになる』(日経BP)
Twitter:https://twitter.com/takakodeli
Instagram:https://www.instagram.com/takakodeli/

藤田愛さん
フリーランス/食いしん坊ディレクター。茨城県出身。マーケティング会社、企画会社勤務を経て、2019年春に独立。コロナ禍では茨城県にて日本初のオンラインメロン狩りを企画。茨城県公式note「シェフと茨城(https://ibaraki-pref.note.jp/)」を運営中。料理男子プロジェクトでは、図解レシピの開発やnoteの運営を担当。
Instagram:https://www.instagram.com/fujimeg/

日下部純一さん
ベンチャー企業勤務。料理男子プロジェクトではプロジェクト管理を担当。人々の価値観や働き方が多様化するなかで、料理という家事を中心に夫婦のあり方を探求中。

取材・撮影・文=塩畑大輔、編集=戸田帆南

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