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「ネイル」が正解で、「説教」が間違いだった日

あれはまだそれなりに寒い時期の、夜も更けたくらいのときだった。48時間ぶっ通しで行うコントライブ(そんなライブすんな)をしている最中、お客さんの一人が体調不良になったのだ。

いったん、体調不良になった方から話を聞く。ぱっと聞いた感じ、「寝れば治るんじゃないかな」「ちょっと水があればいいんじゃないかな」と思った。比較的てきぱきと、僕は会場の奥にふとんをしくスペースを作った。そして水を買ってきた。これでどうにかなるかな、と思った。スムーズに対応できて俺は偉いな、とまで思った。

しかしどうやら、それではダメなようだった。(今思えば当たり前だった。そういうとき、お客さんは自分の体調の悪さについて控えめに言うだろうからだ。もうちょっと、自分の立場やそういう状況全体のことを踏まえたうえで、話を聞けばよかった。)寝ようが、水を飲もうが、お客さんの体調は一向に良くならない。

幸運なことに、その日の会場にはとても機転の利くお客さんが居合わせていた。その方が救急車を呼んだり、諸々の手配をしてくれた。あまりにもてきぱきと動く様子を見ながら、医療なのか福祉なのか、何らかの経験のある方なんじゃないかと思った。

たいして動けない僕を横目に、その方はスタスタと動く。他のお客さんにも指示を出すなどしている。見ると、ポカリスウェットを温めているところだった。「そうか、あれってホットにできるんだ」なんて、ぼんやり思う。僕は自分が何をしていいのか、さっぱりわからないでいた。

とても出来るその人が、ただぼんやりしている僕に気付く。そして「九月さんは、一旦近くにいて様子を見ておいてください」と言った。僕にも指示が出たのだ。ここは一生懸命やるべきである。様子を見るとはつまり、話し相手になる、というくらいのことだろう。こちとら芸人である。おしゃべりのプロだ。任せてくれ、という気持ちになる。

体調不良になってしまった方は、「ライブを中断させてごめんなさい」と言いながら、とても辛そうにしていた。どうしよう、と思った。そういうときに、何を話せばいいのか、あまりわからない。僕は僕で、気が動転していたのだろう。

僕は一旦、一生懸命優しい声質で、諭すように言った。「大丈夫ですよ。いつか、あなたも誰かを助ける側になるんですよ。今日は助けてもらっているかもしれませんが、いつかあなたも助ける側になるのです」

なんとなく正しそうで、これからに希望が持てそうなことを言おう、と思ったのだ。相手はそれを聞きながら、「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返していた。僕はまた、同じ内容を繰り返した。

そこに先ほどの「仕事のできる方」が帰って来る。一通りの手配が終わったらしい。僕の様子に気付くと、結構大きい声で「九月さん、邪魔!」と言った。

そして、体調不良にうずくまる方に向かって「ネイル可愛いですよね。それってどこでやってるんですか?自分で?お店?」と話しかけ始めた。

体調不良になった方の顔色が、少しずつ良くなっていく。

僕は心底感動した。なるほどな、と思った。そして自分のさっきまでの行為について、いかに的外れかを知り、本当に情けなく思った。そうだったんだ。正解は「ネイル」だったんだ。違う話をして、意識をそらす必要があったんだ。

もちろん、「ネイル」である必要はないのだろう。髪の毛どこで切ってるの、でもいい。ペットとか飼ってるの、でもいい。最近物価高いよね、でもいい。たぶん、なんでもいい。一旦、その場から意識を離す必要があったのだ。

それをなんだ、俺は体調の悪い人に向かって、「いつかあなたも、助ける側になれ」なんて、刺さりもしない・響きもしない・何の足しにもならない・気色悪いだけの説教をしていた。

うわあ、と思う。自分がしてたこと、怖すぎる。意味不明過ぎる。気が動転していたとはいえ、何の役にも立たなさ過ぎる。学校にいたよな。そういうタイプの、悪意はないけど無能めで、悪意はないけどずっとピントがボケてて、変な方向に熱くて、それゆえに時々最悪な先生。あれの動きをしていた。

最悪過ぎる。俺の中に、あいつがいたのだ。

以来、目の前で誰かが体調不良になったなら、早急に諸々を手配したのち、関係ない話をすることで気を紛らわせるような動きをできるようになりたいな、と思うようになった。さすがに「ネイル」くらい細やかな情報を拾えるとは思わないけれど、そうね、せめて天気や時間帯の話くらいはできるように。

そのときのために、たびたびこの出来事のことを思い出している。あれはまだそれなりに寒い時期の、夜も更けたくらいのときだった。

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