あなたの笑顔を想うだけで心の傷が瘉えるほど幸福でもなければ、誰かとよろこびや悲しみを頒かち合う余裕もないのです。あなたが幸福であればあるほど、自分が惨めな敗残者であるように思えてなりません。私以外の人はみんな多かれ少なかれ幸福であるように見えます。それはそれで、めでたい認知なのかもしれません。私のことをめでたい奴だと思うなら、どうか祝ってください。同情もして、お金も恵んでください。ところでみなさんは、こどものおもちゃをご存知ですか？　二、三十年前に流行った小花美穂の漫画です。そのなかに出てくる鹿島良助という男は、彼の別れた妻で、流行作家でもある倉田実紗子のところに不定期に金の無心にやってきます。実紗子は多額の印税収入を得た超大金持ちなので、良助を追い返す際もロケット・ランチャーや超強力バネ付きパンチング・グローブなどの高価な破壊兵器を用いて撃退します。それは漫画的な表現なのですが、それでも良助は挫けずに、えびす顔で金の無心にやってきます。同情もしてカネ貸してというのは、そのときの良助のセリフです。当時流行っていたドラマ家なき子の名ゼリフ、同情するならカネをくれを捩っているのでしょう。私は多額の借金をしており、ある国際的秘密組織に生命を狙われております。借金を返済しなければ組織の殺し屋に消されてしまいます。その男はキツい天然パーマで、昔のルパン三世のような翡翠色のジャケットを着ています。新聞を読むふりをしながら、ずっと私のことを監視しているのです。私が逃げようとすれば、懐に隠したモーゼル・ミリタリーの餌食にされるでしょう。期日までに借金を返済できないときも、やはり同じ結末を迎えるでしょう。簀巻きにされ、東京湾に沈められるのです。そうならないためにも、私は借金を返済するしかないのです。どうか、お願いします。私にお金を恵んでください。