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松郷屋焼 岩室の窯展を観てきた感想

 6月27日から7月4日まで「松郷屋焼展 岩室の窯展」が開催されました。いまいちふわっとしたことしか知らなかった松郷屋焼が窯ごとにそろっているという事で楽しみにしていました。熱心なコレクターである、西区の「樋木酒造」にあるコレクションも展示されるという事で期待が高まります。
 6月30日には「松郷屋焼の概要について」というテーマでお話があるという事で行ってきました。

 会場で渡された資料によれば、松郷屋焼は1857年(安政4年)以前からあり、1860年(万延元年)に代名詞となる焼酎徳利が考案されたのだそうです。原料の土や釉薬が窯場の近くで調達できたのでコストも低く抑えられたとあります。この地域独特の焼き物なのだなと再認識させられました。

”口が玉縁状あるいは帯状に肥厚し、外側には木灰や藁灰などの灰釉をベースとした釉薬が掛けられ、内側には漏水を防ぐために鉄灰釉が施されました。”
~資料より抜粋
一目でわかるのは、注ぎ口が厚いということでしょうか。独特な形状です。

 一時期大量生産されており、焼酎を詰めた徳利が北前船で運ばれたり途中の寄港地で荷卸しされたりで東北の各地の遺跡からも出土しているようです。沼垂の酒造家から焼酎を詰めるための入れ物として大量に注文を受けていたようで、最盛期には24~25万本製造されていたのだとか。
 しかし、北海道で馬鈴薯を原料とした焼酎が生産されたり、燃料不足や安価なガラスビンに押されて1948年(昭和23年)に最後の窯が廃業に追い込まれ「松郷屋焼」の生産は終わりました。

  唐突にカバンから出てくる松郷屋焼の鳩笛…貴重なものが…。
 松郷屋焼は晩年、焼酎徳利だけでなくこういった遊び道具や皿とか鍋などの日用品も作っていたようです。鳩笛を持って来られた方も昔は窯で作業をされていたようです。周りがみんな当事者とか関係者とか近くに住んでいたとかとか…会場の皆さんがもう文化遺産なのでは…。
 当時のお話が聞けたまたとない機会でした。

 行平鍋、ちょろっと書いてある絵や色に愛嬌があります。この他にも蚊取り線香の台や、たばこの葉を蒸す容器なんかもありましたね。生活に密着していたのか、ちょっと使い込まれた色をしていました。

 中には焼成失敗したものも展示されていました。そのままではなく、一輪挿しとして置かれていて、粋な使い方だなぁと思ったり。実用的なところだけではない部分にも松郷屋焼が浸透していたのだなあと感じました。

 会場風景。50人くらい集まった講演会でした。MCの方が会場の誰かに話を振ると窯についてのお話が出てきたり、貴重なものが出てきたり、それ家にあるとか、窯の近くで遊んでいたとか、盛り上がりました。周囲全員が登壇者だった気がします。

 今回出品されていた西区の酒蔵、樋木酒造さんにも数多くの松郷屋焼があってそちらも楽しい空間です。所狭しと置かれた松郷屋焼に圧倒されます。心配なくらい密度の高い空間ですのでお勧めしたいですね~。「鶴の友」もおいしいし!


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