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史上最大の決断:極私的読後感(34)

ドワイト・D・アイゼンハワーは、"偉大なる平凡人"と言われ、軍歴として実戦の指揮官経験が無く、昇進も遅かった(1936年に16年かかって少佐から中佐に、1941年3月に臨時昇進で大佐)にもかかわらず、史上最大規模の連合軍の最高司令官として、多国籍軍の陸海空による複合作戦を勝利に導き、のちに第34代アメリカ合衆国大統領まで務めた人物である。

本書は、野中郁次郎先生他による名著『失敗の本質(1984)』から30年を経て、「最も普通ではない状況」である(ノルマンディー上陸作戦含むオーバーロード作戦)に置かれた最も普通の人」であるアイゼンハワーを中心に、危機におけるリーダーシップ論として2014年に野中郁次郎先生が書かれた、いわば”続編”的著作になる。

章立ては次の通り

序章 史上最大の作戦と実践知リーダー
敗戦の教訓
 第1章 ヒトラーの挑戦とチャーチルの英断
 第2章 「フランス敗れたり」の衝撃とチャーチルの東奔西走
リーダーの選定
 第3章 "偉大なる平凡人"アイゼンハワーの成長
 第4章 宰相たちの戦略とリーダーシップ
戦いの現場
 第5章 現場指揮官の決断と覚悟
 第6章 「戦後」を見据えたリーダーたちの思惑
決断の本質
 第7章 ノルマンディー上陸作戦の戦略論
 第8章 アイゼンハワーのリーダーシップ

本書の第6章までは、1939年9月1日のナチスドイツによるポーランド侵攻に端を発する欧州での戦いからノルマンディー上陸作戦、そしてその後のベルリン陥落までを、チャーチル(英)、スターリン(ソ)、ド・ゴール(仏)とルーズベルト率いるアメリカの指導部、そしてヒトラーの、各作戦における思惑と評価を、史実から解題している。

そして第7章でこれら戦史の総括、第8章でアイゼンハワーのリーダーシップの特徴と、どのようにしてそれが生まれたか?を解題している。

個人的に印象に残っている点は、第7章の中の「3. 消耗戦と機動戦を総合する(p.331)」の下りで、野中先生の別著『知的機動力の本質(2017)』で詳細にわたって解題されているのでそれも是非参照されたいが、戦争というのは「機動戦(Maneuver Warfare)」によって「予測不能な行動をすばやく取って敵を混乱させ、それに乗じて最も脆弱な点を突く(p.336)」ことで敵に対して有意な立場を確保することと、「消耗戦(Attribution Warfare)」によって「兵器の力を最大限に生かし、敵を物理的な壊滅状態に追い込む(p.337)」こと、この2つの対極的概念である戦術を連続的に繰り出すことで、効果的に戦いの雌雄を決することが出来る、というところだ。

この「機動戦」と「消耗戦」、どちらか一方だけで戦いに打ち勝つことは出来ず、また、「機動戦」に適した部隊と、「消耗戦」に適した部隊は、求められる組織のスタイルや要件が異なる、という点が、実は重要だとおもっている。前者(機動戦)は米海兵隊で、後者(消耗戦)は陸軍とでも言おうか。

これを企業組織に当てはめて考察すると、同じ企業/組織の中に「機動戦」的組織と「消耗戦」的組織が同居して、それらを経営が効果的かつ連続的に繰り出すことで戦いに勝つ、と言い換えることが出来るだろう。
※この下りを詳細に”組織デザイン”含めて解題したのが『知的機動力の本質(2017)』だ

本書は、歴史、特に戦史を愛好する人にとって盛りだくさんな本でありながら、前述のような組織論、リーダーシップ論としても優れた考察がふんだんに盛り込まれている。

最後に、個人的に最も印象に残ったのは、アンドレ・モーロワの『フランス敗れたり』の引用部分だ。

フランスの「救済策」(抄)
ー 作家アンドレ・モーロワの指摘 ー
1. 強くなること: 国民は祖国の自由のためにはいつでも死ねるだけの心構えがなければ、やがてその自由を失うであろう。
2. 敏捷に行動すること: 間に合うように作られた1万の飛行機は、戦後の5万台に優る。
3. 世論を指導すること: 指導者は民に行くべき道を示すもので、民に従うものではない。
4. 国の統一を保つこと: 政治家というものは同じ船に乗り合わせた客である。船が難破すればすべては死ぬのだ。
5. 外国の政治の影響から世論を守ること: 思想の自由を擁護するのは正当である。しかし、その思想を守るために外国から金をもらうのは犯罪である。
6. 祖国の統一を撹乱しようとする思想から青年を守ること: 祖国を守るために努力をしない国民は自殺するに等しい。
7. 治めるものは高潔なる生活をすること: 不徳はいかなるものであれ、敵につけいる足掛かりを与えるものである。
8. 汝の本来の思想と生活方法を情熱的に信ずること: 軍隊を、否、武器をすら作るものは信念である。自由は暴力よりも情熱的に奉仕する値打ちがある。
出典:アンドレ・モーロワ「フランス敗れたり」
(p.65)

昨今、冷戦終結から再び冷戦状態に入りつつある状況下、モーロワがナチスに敗れたフランスの敗因から得た教訓の下りが、色々意見はあれど*、結局のところ身の回りを安寧に保つことを第一義に考えるならば、今の我が国にも大いに参考になるな、と思うのだ。

(*ネットの時代に国境など関係ない、と言われるし、また国と国がそれぞれ得意な資源を効率的に交換することで経済は上手くいく、というのは全くそのとおりだが、ではなぜ、戦争は無くならず、軍事力による示威行為が無くならないのか?という問いに答えれられる人は、寡聞にして聞いたことがない。そう、色々意見はあれど、現実は国家と国家(時には国家ではない組織)の間で、武力をもって物理的な支配領域を確保/拡大するという試みは無くっていないという事実は揺るがないのだ。)

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