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石井ゆかり「星占い的思考㊿クロノスとカイロス」(『群像』)/大島末男『ティリッヒ』/ケレーニイ『ギリシアの神話 神々の時代』

☆mediopos3438  2024.4.16

古代ギリシャでは
「クロノス」と「カイロス」という
時間を意味する2つの言葉があった

「クロノス」は計測できる量的な時間であり
「カイロス」はいわば生きている質的な時間である

この2つの時間概念が広く知られるようになったのは
神学者のポール・ティリッヒによってである

西欧の時間についての考え方を
ざっと振り返ると

アウグスティヌスはすべての時間の原因を神に求め
カントは時間を内的直観の表象とし
ア・プリオリな認識であるとしたが不可知であるとし
キルケゴールは瞬間という時間意識を示唆し
ニーチェは永劫回帰の時間を説き
ハイデガーは人間存在と時間との意味を問い
ベルクソンは純粋持続としての時間論を展開し
フッサールは内的時間意識の現象学を論じたが

ティリッヒが展開した時間論においては
後期シェリングとキルケゴールの実存思想の影響を受け
その存在論と時間論が組み合わされ
そのなかで「クロノス」と「カイロス」
とくに「カイロス」の意味が論じられている

「クロノス」は量的に計測可能な物理的時間であり
近代物理学の主要なテーマとなってきたが
アインシュタインの相対性理論は
その捉え方は変わってきている

それに対し「カイロス」は質的な意味の時間として
ユダヤ・キリスト教における救済史との密接に結ばれ
キルケゴールに始まる実存思想との深い関わりをもっている

「カイロス」は
ギリシア神話に登場する神の名で
「切断する」というギリシア語の動詞に由来しているが
それはチャンスという意味
そして正しい時という意味を持っている

チャンスという意味だが
「カイロス」は前髪は長いが後頭部は禿げていて
両足には翼がついている美少年の姿で彫刻されていた
といわれているように
前髪をつかみ損ねる(一瞬のタイミングを外す)と
後ろ髪をつかみ直すことはできない(チャンスを逃す)
という一回性のチャンスを
そして両足の翼は神出鬼没な性質をあらわしている

正しい時という意味は
成就の時という意味でもあり
神の声・天の声を聞くといった宗教的性格を帯び
永遠が時間の中に突入してくる瞬間でもある

ティリッヒはそんなカイロスを論じ
「歴史を意識した思惟」という表現を用いていたように
歴史を思わぬ方向に動かしてしまうような力として働く
そんな時間を示唆しているという

さて石井ゆかりの連載「星占い的思考」の
5月号(群像)のテーマは
その「クロノス」と「カイロス」である

宇宙ベンチャー「スペースワン」の小型ロケット
「カイロス」が打ち上げに失敗したことについて
「「時が来ていなかった」か、
または「時が満ちる」までまだ試行錯誤が必要、
ということなのだろう」としているが

その「カイロス」という意味に関連して
相撲の立ち会いの例をひいているのが興味深い

本来「力士2人が向きあって立ち会いが成立するまでに
かかる時間」はあらかじめ決められていないという
相撲は「神事」にほかならずその時間は
「クロノス」ではなく「カイロス」なのである
その時はチャンスでもあり正しい時でもある
一回性として訪れる

この4月9日に皆既日食が起こったが
(日本では見えなかったが)
その「食」は現代的な占いにおいては
「長期的なターニングポイント」として
とらえられているという

そして今回は「始まりの星座」牡羊座での日食で
「スタート」の意味合いを強く持っているが
「魚座の火星と土星、そして逆行中の水星は、
徹底して過去を振り返り
「裁く」ことを促している」という

この時期
「歴史を思わぬ方向に動かしてしまうような力」が働き
「徹底して過去を振り返り「裁く」ことを促している
ということを念頭に置きながら
現在起こっているさまざまな事件を見ていくと興味深い

一回性の生きた時間としてのカイロスは
このチャンスに正しい時として訪れることになるだろうか

■石井ゆかり「星占い的思考㊿クロノスとカイロス」
 (『群像』2024年5月号)
■大島末男『ティリッヒ』
  (清水書院 センチュリーブックス 人と思想135 新装版 2014/8)
■カール・ケレーニイ『ギリシアの神話 神々の時代』(中公文庫 昭和六十年四月)

**(石井ゆかり「星占い的思考㊿クロノスとカイロス」より)

*「本稿を書いている2024年3月13日、ニュースに「カイロス」の文字が躍った。宇宙ベンチャー「スペースワン」が開発した小型ロケットの名前である。ロケットは飛び立ってから5秒後に空中で爆発、初号機打ち上げは失敗に終わった。「カイロス」は「クロノス」と並び、「時間」を意味する言葉である。河合隼雄先生は、両者の違いを相撲の取組で説明していた。力士2人が向きあって立ち会いが成立するまでにかかる時間、これはあらかじめ決められない。相撲は「神事」であり、そのタイミングは聖なるもので、言わば「降りてくる」のだ。これが「カイロス」である。しかし相撲のラジオ中継が始まってからは、放送時間の都合で「制限時間」が設定された。こちらが人間の管理可能な時間「クロノス」である。失敗に終わった打ち上げは「時が来ていなかった」か、または「時が満ちる」までまだ試行錯誤が必要、ということなのだろう。」

*「暦が変わるということは、生活時間が変わるわけで、大変なことである。主に季節や朔望に仕事が直結する農業、漁業従事者たちが大混乱に陥り、(・・・)暴動まで起こった。改暦にあたり各地の有識者から政府に「建白書」が堕された。そこでは同様の事情から、「太陽暦でもいいけど、正月は立春で!」の声が多数を占めていた。現行の元日は天文学的には、特段意味のないタイミングである。その点、立春は冬至と春分のちょうど中間、星占い的には「水瓶座の15度に太陽が来るタイミング」であり、断然話がしやすい。暦の刻む時間は、計算も計量もできる「クロノス」である。しかし旧暦は、現代の暦と比較すると、幾分「カイロス」的に感じられる。月の朔望のサイクルと太陽のサイクルの交わったところに編まれる太陰太陽暦には「出会い」がある。たとえば光のない浄闇に年が明ける、というイメージは、いかにも清らかで、厳かである、そこには、人間が意味を読み取る余地がある。天地との交流の可能性がある。」

*「2024年4月9日、皆既日食が起こる。日本からは見えないが、アメリカやメキシコなどの一部地域が日食帯に入る。(・・・)

 古来、暦を創る学者や陰陽師達にとって、食の預言は重要な仕事だった。(・・・)

 食は古い時代にはひたすらに恐れられたが、現代的な占いでは「長期的なターニングポイント」と捉えられることが多い。今回は「始まりの星座」牡羊座での日食で、「スタート」の意味合いが非常に濃い。しかし魚座の火星と土星、そして逆行中の水星は、徹底して過去を振り返り「裁く」ことを促している。どんなに科学的に生きていても、どんなに現代的なマインドを具えても、現在が現在だけでは決して成立し得ないことを、星の「カイロス」が指し示している。」

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