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アーノルド・ミンデル『対立の炎にとどまる――自他のあらゆる側面と向き合い、未来を共に変えるエルダーシップ』

☆mediopos3003  2023.2.6

ミンデルの「プロセス指向心理学」は
ユング心理学を個人だけではなく
人間関係や集団へ応用することで
「アウェアネス(気づき)によって
人と集団の変容へと導く心理学

ミンデルは82歳になった現在(2022年)も健在で
いまもまだ旺盛な活動を続け
近年は「エッセンス」というより深い意識へと注意を促し
そうしたエッセンスレベルで人々がつながるとき
さまざまな分断や対立を乗り越えることができるとしている

先日刊行された訳書『対立の炎にとどまる』は
1995年に刊行されたものの完訳版で
すでに20年ほどまえの2001年に
抄訳が講談社新書で刊行されている

ちなみに『対立の炎にとどまる』の基本的な視点が示唆されている
『対立を歓迎するリーダーシップ』(原書1992年刊行)も
同じ訳者によって2年ほどまえに訳出されている

ミンデルの「プロセス指向心理学」の視点からは
ほんとうにたくさんのことを学んできていたが
とくにこの『対立の炎にとどまる』には特に驚かされた
今回それが完全版として刊行されたこともあり
あらためてその視点から得られるものを再確認することにした

ここでは民族紛争・人種差別・公然の虐待など
あらゆるレベルの人間関係の紛争や対立を
まさにその「対立の炎」にとどまり対話することによって
その場に変容をもたらそうとする

それはさまざまな問題について
外から批判的に語るといったことではなく
「世界の問題と目の前の問題はつながっている」ことから
「他者の痛みを感じるために」
「まずは自らの抱える傷を癒やすことから始め」る必要がある

「自分の傷を癒やせないと、
多様な立場の人を理解することも困難」だからである

そのために一人ひとりが「エルダー」(長老)となって
「対立の炎を避けることも炎に燃え尽くされることもなく、
ただ炎の中に座して自分と人々の気づきを探求」するのである

そのためにこそ
「まず自分のために涙を流す必要がある」

自分を変容させることがなければ
世界もまた変容させることはできない
自分の内にあるさまざまな対立の解決に向けての「涙」は
世界中で起こっているその解決に向けての「涙」ともなるのだ

ミンデルの行っているような
ワークショップとしての「ワールドワーク」も重要だが
まず一人ひとりにとって重要なのは
自らの「心のドラマ」であるさまざまな
目の前に繰り広げられている緊張に向き合い
その場を変容させていくことだろう

みずからとその置かれた場の変容に向けての気づきなくして
他者や社会の諸問題へと批判を行ったとしても
おそらくそれらの批判は自らの気づきを閉ざすことにもなる
(自分は変わらないけどひとを変えようとする教育者のように)

革命を起こすならば
自分を自分の内なる炎のなかにとどまらせ
その気づきによって
まず自分を変容させることから

■アーノルド・ミンデル
 (松村憲/西田徹訳・バランスト・グロース・コンサルティング株式会社監訳)
 『対立の炎にとどまる――自他のあらゆる側面と向き合い、未来を共に変えるエルダーシップ』
 (英治出版 2022/12)
■アーノルド・ミンデル(永沢哲監修・青木聡訳)
 『紛争の心理学―融合の炎のワーク』
  (講談社現代新書 講談社 2001/9)
■アーノルド・ミンデル
 (松村憲/西田徹訳・バランスト・グロース・コンサルティング株式会社監訳)
 『対立を歓迎するリーダーシップ 組織のあらゆる困難・葛藤を力に変える』
 (日本能率協会マネジメントセンター 2021/12)

(『対立の炎にとどまる』〜「訳者まえがき」より)

「日本語訳の旧版『紛争の心理学』が抄訳版として出版されたのは、二〇〇一年九月のことでした。九・一一のアメリカ同時多発テロ事件とその後の対テロ戦争によって、世界的な「分断と対立」が日本でも関心を集めたときでした。」

「ミンデルが常に強調しているのは、「世界の問題と目の前の問題はつながっている」ということです。私たちが抱える個人的で身近な問題の中には、世界の大きな問題が含まれていると説いています。例えば、臓器などの身体の一部が悪くなれば全体にも影響します。私たちの生きる世界を一つの生きたネットワークと見るならば、個人の小さなアクションも世界に何らかのインパクトを残すのです。」

「一人ひとりがパワーへのアウェアネスを促す存在、いわば新しいリーダーシップをモデルとして本書で描かれるのが「エルダーシップ」というあり方です。
 エルダーとは直訳すれば「長老」ですが、本書では対立の炎を避けることも炎に燃え尽くされることもなく、ただ炎の中に座して自分と人々の気づきを探求するあり方のことを指しています。
(・・・)
 ミンデルは「世界のために仕事をしようとするときは、まず自分のために涙を流す必要がある」と語っています。エルダーとは、他者の痛みを知る人のことです。しかし他者の痛みを感じるためには、まずは自らの抱える傷を癒やすことから始めよと説いているのです。
 自分の傷を癒やせないと、多様な立場の人を理解することも困難になります。相手を攻撃者と認識したり、痛んでいる自分の一部を見せたくないがゆえに、弱さを露呈する人に辛辣に対応したりしてしまうかもしれません。
 自分の痛みや弱さに向き合って乗り越えられた人は、大きく変容し成長できるでしょう。」

「対立と向き合い、エルダーシップを育むことを探求していくと、「対立」そのものの捉え方も変わってきます。ここで、ミンデル夫妻が書いているタオイストの物語を紹介したいと思います。

 昔々、互いに出会ったことのない四人のタオイストがいました。
 それぞれに突然の閃き(タオの導き)が訪れ、
 「そうだ! 寺院を建てよう!」と思い立って行動を始めました。
 そのうちの一人の女性がゴミで溢れかえっているストリートを歩いていると、
 「ここは寺院を建てるのに素晴らしい場所だ!」と閃きました。
 その周囲に喧嘩をしている人たちがいてゴミが飛んできましたが、
 彼女はそのゴミを喜んで受け入れるばかりでした。
 やがて気づいたときには寺院が完成していました。
 実は、喧嘩をしてゴミを投げ合っている人たちも、
 寺院を建てようという閃きが訪れた三人のタオイストでした。
 こうして四人のタオイストによって寺院が建てられたのでした。
 三人が対立し、一人がそれを喜んで受け入れたのです。(要約)

 ミンデルの考えるタオに従う態度、自然を敬う態度の根幹がここには表現されています。自分たちが知らないところでは、憎み合い対立し合う背景にすら、大いなる物語が育まれているということ、そこにまで思いを馳せるという思想がここには現れています。」

(『対立の炎にとどまる』〜「序文」より)

「世界の難問の背景にあるのは、私たち人間だ、善い関係を築けない人たちの集まりが、問題を起こしている、問題の原因は、犯罪、戦争、麻薬、欲、貧困、資本主義、集合的な無自覚などのせいだ、ということもできる。しかし結局は、私たちの問題を引き起こしているのは、人なのだ。」

「本書が示すのは、こういうことだ————燃え上がる対立から逃げるのではなく、あえて対立に深く関わることは、個人どうしの関係性から、ビジネス、世界の問題まで、社会のあらゆるレベルで蔓延する分断を解決する最も良い方法の一つである。
(・・・)
 対立の炎は、人間の社会的、心理的、スピリチュアルな次元で燃えているが、その炎は世界を壊しかねないものだ。一方でこの炎には、困難な状況をコミュニティ(共同体感覚)へと変容させる可能性もある。それは私たち次第だ。争いを避けることもできるし、怖れずに炎の中にとどまり、史上最大級の苦痛をもたらすような状況が繰り返されないように介入することもできる。(・・・)このように対立を創造的に活用する手法を「ワールドワーク」と呼んでいる。」

(『対立の炎にとどまる』〜「第16章 アウェアネスの革命/争いに寄り添って平和を築く」より)

「今日私たちを分断している世界的なテーマは、物理的な意味における生存のための闘いであり、地球の生態系の危機、抑圧に対する闘争、自由と平等の切望、あらゆる偏見を乗り越える必要性、価値や力があるという感覚である。何千人もの人々と積み重ねた私の経験から言えることは、対立、違い、問題、抑圧、偏見、無自覚、パワーをめぐる戦いなど、私たちを分断しているすべてのテーマそのものが、苦しみ抜いた先で目覚めに到達できれば、私たちを一つにするということだ。

 組織やコミュニティは、抱えている問題があるから失敗するのでもなければ、それらの問題を解決したからといって必ず成功するわけでもない。問題は常に存在し続けるだろう。成功しているコミュニティは、危機の時期にあって未知なるものに開かれている。私たちは、物事の循環に従うことによって持続的になり、大きな意味で成功する。コミュニティとして営み、問題に直面し、バラバラになりかけて、そして一つになる————その流れに従うことで、私たちは一つになれるのだ。このような組織は永遠に続き、死ぬことはない。組織はタオそのものであり、常に変化するのだ。

 夢に入るためやタイムスピリットに出会うために、遠くへ行く必要はない。それらはすぐそこにある。あなたがまさに今感じていることが大切で、それがタイムスピリットなのだ。あなたの感情はコミュニティを完成させるために必要とされている。

 世界は私たちの個人的な経験で構成されている。それは二人、数百人、あるいは何百万人の関係性のプロセスだ。世界とは、喜びであり、混ざり合う場所でもあり、対立が起これば私たちを吹き飛ばすような渾沌でもあるのだ。しかし愛をもって向き合えば、物事はすばやく変化する。リーダーが引き下がり、エルダーが現れる。そして彼らも集団に溶け込み、その集団自体がエルダーの役割を引き継ぐのだ。

 よりよい世界を創るために、タイムスピリットに注意を向け、それらを前面に浮上させよう。そのときあなたは、個人のワーク、関係性のワーク、ワールドワークを同時に行うことができる。トラブルに価値を認めよう。自然を受け入れよう。争いに寄り添って平和を築こう、そうすれば。傷つく人は少なくなるだろう。晴れの日も雨の日も享受しよう。残った仕事は、自然がやってくれる。

 これが、私たちが必要としている革命なのだ。」

(『対立の炎にとどまる』〜「解説」より)

「プロセスワークの一つのルーツは、深層心理学です。二〇世紀最大の思想家の一人でもあるフロイト、そしてフロイトに並ぶ深層心理学の二大巨頭の一人でありカール・ユングは、世界に現れる事象の背景にある、意識と無意識を探求しました。
 フロイトの考えは弟子へと引き継がれ、その一部は出手樽とセラピーやサイコドラマなどの心理療法として発展しました。心理療法の枠組みにとらわれず、集団や社会における実践を目指して研究を始めたのがミンデルです。」

「ユングはかつて、心理学協会での会話で「核戦争が起こるかどうか?」と問われたとき、次のように答えたそうす。
「それは私たち一人ひとりが、自分の内面の葛藤にどれだけ耐えられるかにかかっています」
 ミンデルも同様のことをいつも説いています。一人の人が緊張を耐えるとき、その人は世界の問題に向き合っているのに等しい、とミンデルは言います。
 ここからどんな示唆が得られるでしょうか。私たち一人ひとりの心のドラマは、それほど大切なものであり、同時に責任もともなうということです。社会的に大きな問題に取り組むだけでなく、目の前の緊張に向き合い、あらゆる人間関係に、家庭や職場の平和に取り組むことだ、世界にとって大きな意味があるということです。このような世界観や価値観を多くの人と共有しながら、よりよい世界、よりよいコミュニティを共に創りあげていくことが、私たちの願いです。」

◎Arnold Mindell アーノルド・ミンデル

プロセスワーク、ワールドワークの創始者。マサチューセッツ工科大学大学院修士課程終了(論理物理学)、ユニオン大学院Ph.D.(臨床心理学)。ユング心理学、老荘思想、量子力学、コミュニケーション理論、市民社会運動などの知恵をもとに個人と集団の葛藤・対立を扱うプロセスワークを開発。世界中の社会・政治リーダーやファシリテーターの自己変容を支援している。著作に『対立を歓迎するリーダーシップ』(日本能率協会マネジメントセンター)、『ワールドワーク』(誠信書房)、『プロセス指向のドリームワーク』(春秋社)など多数。

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