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【特集】幻想の短歌〜「偏愛の一首/14人が選ぶ現代短歌の傑作」 (『文學界(2022年5月号)』

☆mediopos2707 2022.4.15

若き日に特に短歌を偏愛したことはないのだが
ようやくその後半世紀を経て
昨今短歌を偏愛しはじめている感がある
とくに前衛短歌である

『文学界』で特集されている「幻想の短歌」
そのなかに収められている
「偏愛の一首」の最初を飾るのは
山尾悠子の「偏愛」である

山尾悠子の幻想世界はぼくにとっては
その初期より偏愛の対象であり

(今回挙げている短歌が
葛原妙子だというのも腑に落ちる)

十四人の最後に置かれている
松浦寿輝がそのなかでふれている
吉岡実の詩もまた偏愛の対象だった

(山中智恵子と吉岡実の
サフラン摘みと紡錘の交響という視点も腑に落ちる)

それはさておき
『文学界』が「幻想の短歌」を特集する
というのはやはりようやくにして
あらためて「幻想」と「短歌」が
(読者対象は少ないとしても)
互いを照らしながら
シテが舞いはじめるように
世をその陰影で照らし始めているのかもしれない

このなかでふれられている歌人だけでも
この一年で塚本邦雄・葛原妙子・斎藤史の歌集は
本棚に定位置を占めるようにさえなっているほどだ

「コトバだけで出来た極小の絢爛たる幻想世界」は
いまや殺伐たる姿でさえある現実世界を前に目を伏せ
時の深みで出会える極上の領域である

そしてそれは現実世界からの逃避というのではなく
むしろ幻想世界ゆえにこそ可能となる
現実世界を変容せしめる力ともなり得るのではないか

■【特集】幻想の短歌〜「偏愛の一首/14人が選ぶ現代短歌の傑作」
 (『文學界(2022年5月号)』文藝春秋 2022/4所収)

「山尾悠子・選

 黄金は鬱たる奢りうら若き廃王は黄金の部屋に棲みにき
                 葛原妙子『朱霊』所収  

 ほぼ半世紀近く前、私も未だうら若かった頃のこと。国文の学生だったが、たまたま周囲に現代和歌を好む者はおらず、その世界のことは書店や図書館で金の鉱脈を掘り当てるようにして知るに至った。ちょうど毎月のように豪華な装丁の塚本邦雄新刊本が出ていた時分のことで、大学図書館には刊行されたばかりの『現代短歌体系』がずらりと並んでいた。何やら場のパワーを感じつつ、結社やらの存在は知らないまま、ひたすら活字上の特異な別世界として耽溺したのだった。
 そして濃厚な男の美学もさることながら、結局のところ女性歌人の作風が好もしく思え、山中智恵子・齋藤史など特に好きだった。が、この度「短歌この一首」と言われ、咄嗟に浮かんだのは葛原妙子「黄金は鬱たる奢り」。コトバだけで出来た極小の絢爛たる幻想世界、バイエルンの狂王ルートヴィヒ二世のことなども想起しつつ、とりわけ廃王の二文字は眩しく目に焼き付いたものだ。我が詰屈たる青春時代の記憶にもっとも鮮やかに残るうた。」

「松浦寿輝・選

  絲とんぼわが骨くぐりひとときのいのちかげりぬ夏の心に
                 山中智恵子 『紡錘』所収

 石を、肌を、心を灼く盛夏のぎらぎらした陽光が、その裏面に隠し持つ深い翳りを、その哀しみを、これほど鮮やかに言い表した歌もない。それを可能にしたのは、一匹のイトトンボが自分の骨の間を潜り抜けてゆくという綺想である。ただしこの巫女歌人の場合、綺想はすでになまなましい幻視であり、さらにはくっきりとした明視にすらなってゆく。世界の細部と自身の身体とが不意に交錯し交雑するその一瞬、光と闇が劇的に交替し、いのちは翳り、かつまた強くせつなく輝く。もし女流同士での歌合の遊戯が催される機会でもあれば、齋藤史の絶唱「ぬばたまの黒羽蜻蛉は水の上母に見えねば告ぐることなし」(『風に燃す』所収)をこれと組み合わせるのも一興か。それにしても山中智恵子の第二歌集『紡錘』は、読み返すつど戦慄せずにいられない恐ろしい一冊である。
 ついでながら、この『紡錘』の中の一首「サフランの花摘みて青き少年は遙たり石の壁に入りゆく」を口ずさむたびに、わたしの思いは詩人吉岡実の名篇「サフラン摘み」(『サフラン摘み』所収)へと向かう。ひょっとしてこの一首が半ば無意識裡に吉岡の発想源の一つとなったということはありえないか(猿ともつかぬ少年の登場する「サフラン摘み」には「なめされた猿のトルソ/そよぐ死せる青い毛」の二行がある)。吉岡は短歌も俳句もよく読む人だった。『紡錘』は一九六三年刊(「後記」によれば五七年から六一年までの作品を収めているという)、詩編「サフラン摘み」の初出は七三年七月。ちなみに、吉岡には『紡錘形』と題する詩集があり、これは六二年刊で、五九年から六二年までの作品を収める。このあたり、歌壇の「前衛」と詩壇の「前衛」との間に何らかの「想像力の交響」があったのではないかとふと思うが、見当はずれの素人考えかもしれない。研究者の教えを俟ちたい。」

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