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ヨハン・エクレフ『暗闇の効用』

☆mediopos3280  2023.11.10

聖書の「創世記」のはじめにこうある

「初めに、神は天地を創造された。
地は渾沌であって、闇が深淵の面にあり、
神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。
「光あれ。」
 こうして、光があった。」

最初に「光」があったのではなく
初めには「闇」があったのである

「光あれ」によって
闇と光が展開しはじめ
生物たちはそれぞれの仕方で
夜と昼の闇と光を生きてきたのだが

いまでは宇宙から地球を見たときでさえ
夜の間にも人工の光が
自然の闇を奪っているのがわかる

その影響は生物の概日リズム(体内時計)を乱し
真夜中に鳥を歌わせ
孵化したウミガメを間違った方向へ誘導し
月明かりの下でおこなわれる
サンゴの交配の儀式を阻害している

昨今危惧されてきている昆虫の減少も
昆虫の半分は夜行性であるということもあり
林業・環境に流れる有害物質
大規模農業・気候変動といった原因以外に
「光害」も大きな要因になっているようだ

昆虫が経ると受粉する植物も減少してしまう

本書『暗闇の効用』の著者ヨハン・エクレフは
コウモリの研究者でもあるが
スウェーデンにおけるコウモリのコロニーも
ここ数十年でずいぶん減少しているのだという

動植物への「光害」は
人間にも大きく影響を及ぼしている
「自然の光は私たちの体内の概日リズムを調整し、
ホルモンや身体のいろいろな働きをコントロールする」が
そのバランスが失われてしまうのである

本書の帯に谷川俊太郎が
「闇がなければ光はなかった 闇は光の母」
という言葉を寄せているが
私たちは「闇」から生まれ
そのなかで「光」を受けて生きている

「闇」を失うとき
私たちはその存在の源を失ってしまう
闇があってこそ光は光であり得るのである

「闇」はまた「渾沌」でもあり「沈黙」でもある
それらもまた失ってしまえば
「コスモス」も「ロゴス」も
それらの源を失ってしまうことになる

■ヨハン・エクレフ(永盛鷹司訳)『暗闇の効用』(太田出版 2023/9)

(「はじめに 消えていく夜」より)

「1980年代には、スウェーデン南西部にある教会の3分の2に、コウモリのコロニーが生息していた。ところが40年後のいま。同僚たちと私がおこなった調査によって、光害やその他の要因で、コウモリのコロニーが生息する教会の数は3分の1にまで減少していることがわかった。」

「暗闇を享受しているのはコウモリと私だけではない。この遅い時間まで私と一緒にいるハリネズミのように、多くの哺乳類は日没後の薄明の時間帯に、より活発になる。地球上の昆虫の半分は夜行性であり、ここ数年、その昆虫たちが消えつつあるという警告があふれかえっている。林業、環境に流れる有害物質、大規模農業、気候変動————多くの原因が指摘される。しかし、なかでも特に急激に減っている虫の種類は、光に敏感なガだというのに、その原因として光が挙がることは滅多にない。暗闇のなかで花の蜜を探すガ(蛾)は、あらゆる光の影響をすぐに受けてしまう。夜明けが近いと勘違いしてまったく飛ばなくなったり、月明かりを頼りに向かう方角を決めようとするも、いくつもの光線で方向感覚を失ったりするのだ。そうして疲れ切って息絶えるか、天敵に食べられるかづるガは、夜の使命を果たせないので、受粉する植物も減少する。」

「〝光害〟という言葉を作ったのは天文学者だが、いまでは、夜がなくなるとどのような害があるのかを研究する生態学者、生理学者、神経学者も、この言葉を使用する。もはや光害は、星や昆虫だけの問題ではない。私たち人間を含む、すべての生物に関係するのだ。地球が生まれてからずっと、昼の後には夜があった。そしてどの生物のどの細胞にも、そのリズムと調和する仕組みがあらかじめ具わっている。自然の光は私たちの体内の概日リズムを調整し、ホルモンや身体のいろいろな働きをコントロールする。」

(「第1部 光害」〜「大量死」より)

「人工の光は生殖のサイクルを長くしたり短くしたりし、孵化を誘発し、昆虫が幼虫から蛹、蛹から成虫になる変態に影響する。光はまた、狩りや送粉の条件を変え、食物の摂取、飛行、移動にも影響する。つまり、昆虫の一生のすべての局面に影響するのだ。
 21世紀初頭には、〝光害〟という言葉はほとんど知られていなかった。知っていたのは天文学者だけだった。光が鳥やカメにどのような影響を及ぼすかを調べる研究は時折おこなわれていたが、それ以上はなかった。コウモリ研究者でさえも、光がコウモリに与える影響を論じていなかったのだ。そしていまでも、光害の研究は始まったばかりだ。光と闇は生態系にどのように作用するか、まだほとんど知られていない。」

「外の世界はすべて、自然の光の細かい変化によって動いている。そこには、さまざまな時間に目覚めて動き始め、さまざまな光の強度や波長によってプログラムされた生態系がある。ある動物が眠りにつくとき、別の動物は活動を始める。そして、ときには人間にはわからないような微妙な形で1日の時間を正確に告げる光とともに、一連の出来事、ホルモンサイクル、行動が、始まったり終わったりする。
 知見が蓄積されれば。問題解決の可能性も高まる。光は生態系のシステムおよび私たち自身の健康にどのような影響を及ぼしているのか。その点に対する注目が高まるほど、社会の光の需要と自然の闇の需要を調和させるために、前進することができるだろう。」

(「第2部 夜──その重要な生態系地位」〜「たそがれ時の動物たち」より)

「生き物は1日の昼と夜の交替に合わせて進化してきた。そしてより多くの動物について研究が進むほど、昼と夜の両方がそれらの生態系にとって等しく重要だとわかるのだ。ますます明るくなっていく世界では、1日の時間帯の境界が判然としなくなり、行動パターンが変わってします。これが動植物の生活においてどのような意味を持つか、私たちはまだほとんど何も知らない。」

(「第3部 人類と宇宙の光」〜「病気をもたらす過剰な光」より)

「睡眠の質が低いと、身心に大きな悪影響を及ぼす————これはよく知られていることだ。小さな子どもの世話をする人、夜勤をする人、いくつものタイムゾーンをまたいで飛び回る人、夜通しパーティをする人は、そのことを実体験として証言できるだろう。」

「良質な睡眠のためにはさまざまな工夫が考えられる。自然な光が体内時計を調整してくれる環境下で眠ることを好む人もいれば、眠っている間はできるだけ暗いほうがよいと思う人もいる。
 いずれにせよ重要なのは、昼には青い光、夕方には赤い光という具合に、光が1日のサイクルに王子って周期的に変化し、メラトニンの波の満ち引きが一定のリズムで起こるようにすることだ。
 ストレス、うつ、睡眠障害に加えて、肥満がいま、世界的な健康問題である。肥満にはさまざまな要因があるが、その1つはレプチンの量が少ないことだ。これはメラトニンのサイクルの乱れの必然的な結果である。(・・・)
 因果関係は単純ではないものの、この傾向は部分的には、夜間の照明が原因だと説明できる。メラトニンや付随するほかのホルモンは腫瘍の抑制に寄与するため、生物時計が乱れてメラトニンの波が夜間に起こらないと、そのプラスの効果がなくなるのだ。」

(「第4部 陰翳礼賛」〜「逆境にある暗闇」より)

「詩人、哲学者、作家、芸術家は、暗闇からインスピレーションを得る。外部のものが見えないとき、私たちは想像力の助けを借りて、自分たちの内面に独自のイメージを作り出す。演劇の世界ではブラックボックスという言葉がある。それは黒く塗られた、内部を自由に変えることのできるステージルームで、演者が邪魔な印象の影響を受けずに創造力を発揮できるようにした空間だ。」

「夜は、まさに私たちの友だ。私たちは暗闇と、その静けさや繊細な美しさのなかで安心する。私たちは夜から、そして天の川やその彼方の遠くの光からインスピレーションを得る。夜の闇のなかにも生命があるのだ。夜を取り戻そう。
 Carpe noctem.(夜を楽しめ)」

(「暗闇を守るための10箇条」より)

「暗闇を意識する」
「暗闇を保護する」
「身の回りの暗闇を維持する」
「体内のリズムに従う」
「夜の生き物たちを発見する」
「暗闇を探求する」
「暗闇について、動植物の生存にとっての暗闇の重要性について、より深く学ぶ」
「周りの人と、暗闇について話し合う」
「光害に向きあうためのロールモデルとなり、周囲の人たちの力になる」
「暗闇を自分のものにする」

(「訳者あとがき」より)

「人間にとって、暗闇は恐怖の対象であり、無知の象徴であった。歴史のなかで、多くの人間が暗闇を克服したいと望んだ。電球の発明によってその手段を手に入れて以降、人間は、実際に人工の光で暗闇を追い払い、煌々と輝く地球を作り出すことに力を尽くしてきた。人工の光はまさに人間の輝く未来そのものであり、常に明るく眠らない人間の富と進歩の尺度であった。
 ところが、そのような考え方を見直すべきときが来ている。いまでは、汚染物質をそのまま自然界に垂れ流してよいよか、化石燃料を好きなだけ燃やしてよいと考える人はあまりいないだろう。自然環境を守らなければ、ゆくゆくは人間の生活にもダメージが及ぶことがわかってきているからだ。そして、その守るべき対象には、暗闇や夜も含まれなければならない————本書『暗闇の効用』は、優しい語り口で、しかし力強く、そう訴えている。」

「個人的な体験と科学的なファクトの間を、そしてコウモリから大海のサンゴ、さらには宇宙の起源まで、さまざまな話題の間を縦横無尽に行き来し、それでいて読者に疲れを感じさせないスタイルには、著者のヨハン・エクレフ(1973年〜)の独特な経歴が反映されていると考えられる。エクレフはスウェーデンの作家であり、本書のほかには、コウモリの生態や動物の進化に関する一般向け・児童向けの書著がある。(・・・)現在は光害を抑えるために企業や行政にアドバイスするコンサルティング会社も経営しているという。同時に、彼は動物学の博士号を持つコウモリ研究者でもあり、フォールドで調査をおこなった経験も豊富にある。」

◇目次
はじめに 消えていく夜

第1部 光害
暗闇のサイクル/暗闇での体験/光に照らされた惑星/掃除機効果/失われた交尾の本能/大量死

第2部 夜──その重要な生態系地位
暗闇の視覚/目/夜の感覚/たそがれ時の動物たち/不自然な光の中で歌う/自然のランタン/光の春/星のコンパス/めまいのする都市/偽物の夏/実りのない夜/海の花火/海が待つ場所/月明かりのなかのロマンス/青ざめたサンゴ/トワイライト・ゾーンにて/流転する生態系/夜の公益的機能

第3部 人類と宇宙の光
3つの薄明/ダークマター/夜空の測定/聖ラウレンチオの涙/月は1つだけ?/青の瞬間/黄褐色の空/産業の光/時計が止まるとき/病気をもたらす過剰な光

第4部 陰翳礼賛
魂を慰める時間/陰翳礼讃/LEDの光/暗闇のツーリズム/王家が残した暗闇/暗闇の静かな会話/逆境にある暗闇

○著者/ヨハン・エクレフ
スウェーデンのコウモリ研究者・作家。ココウモリの視覚に関する研究、および、最近では光害に関する研究で知られる。スウェーデン西部に住み、自然保護活動とコピーライティングに従事。20年近くコウモリの研究をおこなった後、現在は自身のコンサルタント会社を経営する。コウモリ、夜の生態系、自然に優しい照明の専門家として、公共事業機関、風力発電事業者、自治体、都市計画者、環境保護団体などをクライアントに持つ。本書は、英語に翻訳された2冊目の著書である。

○訳者/永盛鷹司(ながもり・ようじ)
翻訳家。東京外国語大学大学院総合国際学研究科言語文化専攻、博士前期課程修了。主な訳書に『家庭の中から世界を変えた女性たち アメリカ家政学の歴史』(上村協子・山村明子監訳、東京堂出版、2022年)など。

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