のべるちゃん感想『優しい嘘は好きですか?』

今回も「Script少女 のべるちゃん」に投稿された作品で、おすすめしたい作品の感想を書いていく。

本日紹介するのは、『優しい嘘は好きですか?』。
作者は草餅なつさん。ご投稿ありがとうございました。

作品概要欄より引用


《もしもその嘘が、思い遣りから作られたものならば》
《あなたはその嘘を、好きになれますか?》
私は高橋麻衣子
中学二年生。

だけど、私が居るのは学校じゃなくて……。

その白い部屋に、今日も客人が訪れる。

《優しい嘘》を手土産にして……。

お金、地位、名誉、死んでしまったら何一つ残らない。

死ぬ時にはどれも何の役にも立たない。

だけど、それでも大切なものはある。

それは、死の苦痛を少しだけ和らげてくれる。


これは、近い将来の死を前にした小さな少女の、心の葛藤や成長を描いた作品です。

彼女が、苦しみ抜いた末に辿り着く答えとは……。

死を前にした時に最も大切なものとは……。

病める少女と友人たち、そして余命

平凡だが幸せな生活から一転、難病に冒され、余命幾ばくもなくなってしまった少女の物語。
いつもお見舞いに来てくれる友人たちは、学校で起きた出来事を語ってくれる。主人公はその気遣いを心から喜んでいる——ということになっている、というところから始まるお話。

プレイ時間は、30分〜1時間くらいだ。

重厚で濃密な感情の塊を追いかけることになるので、途中で休憩を取ったり、ふとタップを止めて考え込む瞬間を見込んで、それくらい取ったほうがよいだろう。
分岐やゲーム要素があるからではない。今作は完全に一本道のノベルだ。

全編を通して、感情とがっぷり四つ、あんまり気楽に読むのはなんだか気が引けてしまうような、そういうエネルギーのこもった作品になっている。

いい人しか出てこないのに、こんなに辛い

全編を通して、ほぼほぼ主人公の少女のモノローグを通して進行する。
内容も、少女の心の動きがメインで、病気を治すためにドラゴンを倒すとか、病気だと思っていたら人体実験でしたとか、主人公が実は死んでましたとか……とにかくそういったイベント駆動の物語ではない
もちろん、だからつまらないという話では断じてない。

難病を抱え、余命幾ばくもない少女がベッドの上で世界を、そして自分を見つめている。
その様子を、ぼくら、プレイヤーが見つめている。
とても静かに、しかし着実に病魔が主人公の命を削ってゆく様子を、特等席で眺めるはめになる。

彼女の友人たちも、家族も、医療スタッフも、みんないい人たちで、だからこそ辛い
悪役不在の物語は書くのは難しいものと相場が決まっているが、それをこの作品がどう克服しているかという話は、次あたりの見出しに譲ろう。

作劇のテクも光る

プレイ開始後すぐに、病気は治らないと少女が考えていることがわかり、そしてどうやらそれは客観的に確かなのではないかという描写がなされる。
この情報の出し方がちょうどよく、「もしかすると何かの叙述トリックや超展開で治るかもしれないが、いやこれはどうなんだろう?」と、どう転ぶのか興味を持たせる、ある種のクリフハンガーとして機能している。物語の立ち上げ方としてとてもそつがない

その他、テキストも全体的に非常に書き慣れている印象だった。作品制作の基本をしっかり押さえて作品作りをしている作者さんなのだと思った。

感情的物量が物語をドライブする

基本を押さえてはいるものの、この作品を非凡なものにしているのは、作品に込められた圧倒的なエネルギーだ。

華やかなミドルティーンの世界から切り離され、死を間近に突き付けられた少女の諦観、絶望、そういった感情が、スマートフォンの液晶を通してこちらをぶん殴ってくるような「パワー」を持っているのだ。

ぼくは難病でもないし、入院の経験さえ数えるほどなので、実際、同じような状況に陥ったとき、人間がどう考えるのかなんてわからない。だから、この作品で描かれている感情が正しいかも、判断することはできない。
そういう壁をぶち破って、謎の納得感を持たせてくるだけの圧力を、本作のテキストは持っている。

そんなことを思いながら作者の草餅なつさんのプロフィールを何気なく拝見したところ、この作品を書く際には主人公の気持ちになりきって書いたとのことであった。入り込み方がすごすぎる。このスタイルを採用したとして、ここまでできる書き手は少ないだろう。

さて、いくつかの展開を経て、後半の十数分は画像をたくさん使用した華やかな演出を見ることになる。

これも迫力があり、同時に進行する主人公のモノローグと相まって、もはやこれは宗教体験じみていた。もちろん褒め言葉である。誰がのべるちゃんで宗教的神秘体験ができるなどと思うだろうか。

基本 × 感情 = 無限大

基本を十分に抑えた作り手が、感情を味方につけて筆を走らせるとこういったものが出来上がるのだ、と唸らされる一作だった。
ここまでライトめの作品を紹介してしてきた本noteではあるが、このあたりで重めの作品が読みたくなった方には、是非ともプッシュしたい一作である。


番外編:相応のコストを投下するということ

この『優しい嘘は好きですか?』『みてね』欄で見かけてダウンロードした作品だ。
それについて少し雑談をしようと思うので、お時間のある方はお付き合いください。

さて、基本的に、「みてね」欄に出ている作品は質が高いものが多いぞ、というのはぼくや広報氏らの間での公式見解だ。なんとなく安心して読める感じがあるのだ。

金銭的コストを投下してまで推すような作品は、相応のエネルギーを持っているものだなと思った。そして、昔の、ある年の夏コミの同人ゲーム島の片隅での会話を思い出した。

以下は、『絵の綺麗なゲームであればあるほどプレイされる』という意味の話ではない。念のため。

—— 面白いノベルゲームって、どうやって発掘したらいいんすかね?
—— あー、最後は感覚ですけどね、でも絵の綺麗なゲームとか?
—— そういうもんすか
—— うん。絵に相応のコストかけてる時点でこっちも安心して買えるんですよ

その年もぼくは、さながら巨大な蒸し器と化したビックサイトで、コミケ雲(知らない方はググってみて欲しい)の下、自作の同人ノベルゲームを売っていた。
島中が賑わい始める午後、とある男性、常連の方がスペースに来てくださった。
新刊がどうのというやりとりを交わしたのちに、雑談がてら同人ゲーム全般の話になった(つまりそういう雑談を交わす余裕がある程度にはぼくらのスペースは閑散としていたわけだ……)。
当時ぼくはやる気にあふれた若者だったので、もう少し同人ノベルゲーム全体に詳しくなってもっとすごい作品を作りたいと考えていた。だからベテランの同人ノベルゲーム・プレイヤーに教えを乞うたわけである。

彼いわく、「安心して買えるか」はとても重要な観点らしい。確かにそれはそうだろうと思った。
限られた軍資金を振り分けるに値するかどうかのジャッジは極めてシリアスな問題である。そして同時に、少なくとも彼はその目利きを楽しんでもいるようにぼくには思えた(だから無料ののべるちゃんにもこの話は関係があるのだ)。

島中で同人ゲームを売っていると、買い手の目線のシビアさには毎回舌を巻く(例えばCD-Rを裏返してデータがどれくらい書き込まれているか=画像や音楽の容量がどれほど多いか確認する、とか)のだが、なるほど話を聞いてみればシンプルな話だなと納得したものだ。

イラストに十分なコストをかけている → 作品を見られることをちゃんと意識できている → 相応の気合いが入った作品である → そんなに大外れではない可能性が高い ということらしい。
だから実際にはイラスト以外にコスト感を感じさせる要素があればいいのだろうと思う。(現に名作同人ゲームの多くは超美麗イラストゲーばかりではないわけだし)

こんがらがってきたので、別の例えを使おう。
あなたは知らない町にいて、ラーメン屋に入ろうとしている。
その店のラーメンがおいしいかは食べてみないとわからないが、少なくとも店構えや店内の綺麗さが十分で、相応の気合いで営業していることがわかればまあ酷いことにならないだろうと思うことはできる。
このような判断は読者があなたの作品を読むか判断するときにもなされるのだ。伝わっただろうか。

戦いは、当時のぼくが思っていたよりもずっと前に始まっていた。作品の本編が始まるずっと前に『どれだけの気合いを感じるか』というところまでがジャッジの対象になるのだ。
確かに、ぼくも言われてみればそういう考え方をすることは多い。今まで言語化できていなかっただけだ。

これは、のべるちゃんにも通じる話だと思う。リアルマネーを投じ、みてね欄に出稿するという「気合い」が、作品の質を担保する
この「気合い」が「コスト」なのだ。そして「コストがかかっている作品はなんとなく良さそうに見える」を実現する。

もちろん、「気合い」の形は、みてね(=リアルマネー)だけではない気合いの入ったサムネイルや、作品のムードを濃厚に伝えるような作品概要プロフィール欄……他にも色々なところで、「この作者はこれだけのコスト=気合いを込めて作っているんだな」と思わせる工夫ができることだろう。

実際、のべるちゃん上で名の知れたユーザーは、上記のようなことをきちんとやっている印象を受ける。素晴らしいことである。

あなたの熱い創作魂を、ただ内側に秘めておくだけではもったいない。それが表から見えるようにできる工夫は、きっとたくさんあるはずだ。

より多くの読者を引きつけ、相応のリスペクトを得るために、作品の外側のコーディネートにも、時には目を向けてみてはどうだろうか。

本日はここまで!
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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