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ショートショート「秋花火」

「はなびがね、シューってしたら、ひかりがきらきらゆらゆらしてたの。すっごくきれい!それでね、ママのことなんでもおはなししてくれたでしょ?だから、パパとママにあいにきたんだよ。」

この島では、秋に花火をする。

天気のいい日。海岸沿い。涼しい夜。ゆったり揺らめく波間を眺めながら、シューっと光を送る。

「昔はねぇ。光を目印に、もう会えない人が帰ってくるなんて、言ってたんだけどねぇ。ほらほら、会いたい人を想って点けるんだよ。」

火花が細かい帯になって流れ出ていく。おおばあちゃんが生きてた頃は、もう少し真面目というか、お祈りみたいなのがあった気がするけど、あんまり覚えてない。昔はちゃんとしきたりみたいなのがあったらしい。今は特に決まりもなく、気が向いたときにすればいい、バーベキューやら宴会のの口実がわりだ。それでも毎年、なんやかんや必ず一回はやりにきている。
この街の人は、みんな祭り好きなのだ。お酒を飲んだり遊んだり騒がしい時間の途中、思い思いにちょっと抜けて波打ち際にきては火を点ける。シュッ。シュー。波打ち際で光は弧を描き、水面に反射して煌めき、スッと消える。

「よう」

びっくりして振り返ったのに、見慣れたアホ毛が突っ立っていた。

「なぁんだ、風太か」
「なんだとはなんだ」
「まあまあ」

幼なじみといえばそうなんたけど、小さい街だからだいたいみんなが馴染みだ。隣の家の腐れ縁。最近背が伸びて、なんか男の子って感じ。

「……うみ。お前、会いたい人とか、いんの?」
「……うん」
「……ふーん」
「誰とか、聞かないんだ?」

お母さん。わたしが生まれたときに死んじゃって、写真でしかみたことない。切り取られた、笑顔しかしらないひと。いつもニコニコだけど、一緒に泣いたり怒ったりしたかったな……なんてときどき思っちゃう。なんとなく気恥ずかしいし、お父さんにもなんか悪いし、内緒にしてるんだけど。

「まあ、誰でもいいじゃんか。会いたい人がいるっての、いいことなんじゃね」
「そうかな」
「おう。たぶんな」
「初詣みたいなさ、なんかこういうことありましたよとか、今年もよろしくお願いしますねとか、そんな報告みたいな感じ」
「そっか」
「だからって感じなんだけど、なんか毎年の恒例というかさ。習慣」
「届くといいな」
「……うん」

やんないの?っていったら「俺は、いいかな」だって。変なの。

「かかねぇの?」

思い出の一番古いやつ、記憶を紐解くと浮かんでくる、いくつかの場面。小さい頃、家族で外食した帰り道。後部座席に寝転んで見上げた窓、ひっくり返った星空。ばあちゃんの手。食卓のしょうゆ差し。じゃらじゃらした木ののれん。母ちゃんの後ろ姿。おぼろげなのも、あいまいなのもあるのに、その一瞬だけは鮮明に焼き付いて、今でも心を冷やす。

幼稚園の教室。スモッグ。クレヨン。笑い声。「お母さんや家族の似顔絵を描きましょう」母の日のプレゼントだかなんだがだった。お絵かきは好きだった。紙いっぱいの母ちゃんの顔。まわりに何色も何色も、色を重ねて花を描いていく。とにかくたくさん色を使いたかった。白がどんどん減っていき、描きあがった画用紙に満足して、ふと横を見たら、真っ白な紙が目に入った。

「かかねぇの?」
「うん……」
「なんで?」

笑ってるのに泣いてるような海の顔。記憶の蓋を開けると浮かぶ情景。こども心になにかいけないことをしてしまった気がして、思い出すたびにドキッとする。こどもは残酷だ。自分の世界がぜんぶ。でも、俺のあたり前は誰しもの普通じゃない。逆もしかり。家に帰ったら、母ちゃんに静かに怒られたっけ。

夜の海。水面に反射する光に浮かぶあいつの顔は、もう高校生なのにあのとき変わってない、ような気がした。

「そろそろ帰るよー」

こどもの頃は取り合いになった厚紙のキャラクタについた花火をしていると、片付けを終えたお父さんが線香花火を持ってきた。決まりがあるわけじゃないのに線香花火ってラストだ。
お父さん、風太、わたし。各々一本ずつ手に取り、溶けて半分くらいになったろうそくにゆっくりと先っぽを垂らす。

「……つかない」

湿気ってしまったのか、潮風が強いのか。わたしの線香花火だけ、なかなかつかないまま燻った火薬の匂いだけがしてくる。

「貸せよ、ほら」

風太に線香花火を渡すと、手を風よけにしながら、ろうそくの火にあてる。チリ、チリリ。こんなに手、大きかったっけ。

「かせよ、ほら」
「これ、なに?」
「しらねぇの?はなびだよ!」

パッと光ってシューと、きれいなんだぜ!赤、青、黄色。紫、緑。あの日、紙いっぱいに描いてくれた花火。はじめての「かなしい」を、色いっぱいで上書きしてくれた手。

「ほら」
「ありがと」

パッと火がついて、シュッシュシュと光の枝が伸びては消える。
照らされた手は、すっかり男の子だった。


おわり。


待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ あ、ああ……あー!ありがとうございます!!